2009年03月15日

モルデカイ・ヴァヌヌに乾杯!

 3月14日、『自由ラジオの時代へ 1984-2009』が、秋葉原、HomeRan Factoryをスタジオに、FMとネットラジオで放送された。小さなスタジオは当時を偲ぶひとで溢れ、紙コップが倒れて赤ワインが床に流れ出す。放送は14:00から18:00まで、放送局をたたむと、15人ほどが「打ち上げ」に、飲み足りない10人ほどが河岸を変え三次会に残った、まだ9時だった。

「村上春樹のエルサレムでのスピーチをどう思った?」とI、「曖昧なメッセージを曖昧な言葉で語った、『壁』と『卵』なんて。『村上春樹にスピーチの感想を届けるよ』というのがあって書いたけど、イスラエルに立ってパレスチナを眺めるのと、パレスチナに立ってイスラエルを眺めるのとでは見える景色が全く違う。どこに立つかが問題なんだ」と息巻くぼく。「ニッポンを選んだというのは意図的なんでしょう?」とI、「うん?」とぼく、「そうだと思うよ」とJ。そうなのだ、極東を、イスラエルは、最も「遠い」国の小説家を選んだのだ、欧米の作家に「エルサレム賞」を申し出ても「拒絶」に合うと知っていたから。しかし極東のニッポンならその懸念はない、遠すぎて彼らには何も見えてはいないと。そしてイスラエルの選択は正しかったと証明された訳だ、のこのこ受賞に出かけていったのだから。
「これで、ノーベル賞は無い。文学賞は、ノルウェイ? スエーデン? いずれにしてもスカンジナビアのイスラエルへのボイコットは群を抜いてる」とぼく、「ノーベル賞は無いよ。ちなみに、平和賞だけがノルウェイ、他は全部スエーデン」とM、「もっと言うと、平和賞は『反共陣営』から選ばれる、佐藤栄作が受賞したでしょ」。「モルデカイ・ヴァヌヌが、平和賞候補リストから名前を削除して欲しいと、ペレスが載った同じリストに掲載などされたくないと、ノーベル委員会に手紙を書いた、賞金は魅力だと思うけど、だってイスラエルにとって彼は18年を刑務所で過ごした非国民、彼にはイスラエルで仕事が無いのに出国も許されない」
 そうだ、乾杯しよう、モルデカイ・ヴァヌヌに、ノーベル賞を惜しげなく放り出すひとに。

アーカイヴス:モルデカイ・ヴァヌヌ:ノーベル賞などいらない

追記:「モルデカイ・ヴァヌヌの手紙」を投稿
 


posted by mizya at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | essay | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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