2009年05月28日

終わりなき撤退

2009年5月27日、HAARETZ.com
ネヘミア・シュトゥラスラー
 マオズ・エスターは非常にフレキシブルな前哨基地だ。 事実上、それは入植者と政府との口頭合意の一部である。 アメリカからの圧力の度、警察は命令を受け、それら設備を移動し、何百人もの警察官が小さい前哨基地を撤退させる。命がけで彼らは、4つのブリキ小屋、2つのテント、トイレとシャワーを含む木造建築を解体する。
 翌朝、入植者はそこに戻り、ブリキ小屋とテントを建てる。 地域委員会が、電力と給水を復元、ゴミまで収集する(不法前哨基地であるにも関わらず)。
 そして入植者は、次の撤退まで静かに待つ。 これがマオズ・エスターで4回あったので、だれも驚かない。アメリカを目くらまし、西岸全体を覆う工事から注意を逸らすために、どちらもそれぞれの本分を尽くす。
 2003年4月、ロードマップが提示された時、イスラエル政府は、22の不法前哨基地解体に専念した。だからどうだ。 それは犯罪だった。 一方で、政府からの合図で、何十もの前哨基地が造られた。というのも、わたしたちは世界中を-ことさらわたしたち自身をだます方法を知っているから。
 今週の閣議で、ベンヤミン・ネタニアフは「我々は新たな入植地は建設しない」と、語った。しかし、同じ呼吸で「自然増加に対する解決を提供しないのは、公正ではない」とつけ加えた。最善なIsrabluff(恐らく「イスラエル騙しのテクニック」を意味する造語):あらゆる共同体が、近くの丘かパレスチナ農地を占領して、道路を敷設、家を建て、これを「自然増加」と呼ぶ。
 新たな入植地でない、新たな近隣だと彼らは言う。 そこに新たに入植する移民さえ「自然増加」と考えられる。
 入植者には目的がある-どんな領土の解決も不可能にする事実を地面に刻むという。パレスチナ国家も、たとえ、分割されたカントン国家でさえも。
 全文:HAARETZ.com

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「希望」コンヴォイを歓呼

2009年5月27日、ガザ
 PLCを代理して国会議員、アフマド・バハルは、火曜日、エジプトの妨害にも関わらずガザに入ると決意し、月曜日に、封鎖されたパレスチナ人への支援物資とともにガザに到着した、ヨーロッパ「希望」コンヴォイのメンバーを歓呼で迎えた。
 コンヴォイのメンバー、スイスに住むパレスチナ人活動家、マフムード・バロードゥは、ガザ入りには喜びと悲しみが混じると語った。
「世界の人々はパレスチナを知らなかったが、ヨーロッパ諸国での、パレスチナのイスラエル占領に反対する大規模なデモの開催が明かすように、今や変化した。今や、多くがパレスチナ問題を知っている」と、バロードゥは、PICとのインタビューで指摘した。
 彼はコンヴォイすべてのメンバーの立ち入りを妨害したエジプト当局を非難、しかしバロードゥは、この「希望」コンヴォイが最後ではないと、より多くのコンヴォイが、アメリカから、デンマークから、6月にも出発し、封鎖されたガザに向かう、不公正な封鎖が完全に廃止されるまで継続されると強調した。
 全文:The Palestinian Information Center

 アーカイヴ:イタリア上院議員、ガザ封鎖への世界の沈黙を非難(5月27日)
       「希望」コンヴォイが最終的にガザに(5月27日)

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