2009年12月17日

イスラエルが旅行者に主要西岸バス路線を禁止

2009年12月15日火曜日

ベツレヘム - Ma'an - ベツレヘムの最も多忙な旅行シーズンが始まるほんの数日前、イスラエル当局は、エルサレムを旅する外国パスポート所有者のパレスチナ・バス(利用)禁止を実施した。

 12月11日、ベツレヘム旅行者が、主として東エルサレム居住カード所有者により使用されるルート、21号線で、イスラエルへのエルサレム・トンネル入り口での検査で止められ、引き出されるとの報告が届き始めた。

 長年、公共輸送機関を使用する外国パスポート所有者は、ベイト・ジャラ近くから出るトンネル・バスか、ギロあるいレイチェルの墓として知られる、イスラエル軍検問所300を(通過するか)選択することができた。
(後略:パレスチナを旅する人は必読、原文で)

全文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:イスラエルはラマッラ・ヴィザとどう決めるのか?(09月10日)
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イスラエル軍が西岸の難民キャンプに乱入

2009年12月15日

ガザ、12月15日(KUNA) -- イスラエル軍が、火曜日、西岸南部の古都、ヘブロン近くに位置するアル-アルーブの難民キャンプに乱入、2人のパレスチナ人が負傷したと、パレスチナの声ラジオが伝えた。

 装甲車に乗り込んだ一団は、いくつかの筋からキャンプにガラガラと走り込み、貧民街の住民に発砲を開始、2人が負傷したと、ラジオは報じ、負傷者は病院に運ばれたと付け加えた。
(後略)

全文:Kuwait News Agency
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ギャロウェイのガザ・コンヴォイがイスタンブールに達する

2009年12月16日

ガザ - Ma’an - イギリス下院議員、ジョージ・ギャロウェイの第3の“Viva Palestina”コンヴォイは、火曜日、ガザへの途上、イスタンブール、トルコに到着した。

 コンヴォイの200台の車輌は、ロンドンからヨーロッパとレバントを横断し、うねるように進みながら、12月27日に、エジプトが支配するラファ検問所を通って封鎖のガザ回廊に入ると計画している。

 ガザの、(地域的には「ライフライン3」として知られる) コンヴォイの報道官、ザヘル・ビラウィは、声明で、ギャロウェイの使節がトルコで、政府高官と会ったり、タクシム・スクェアでのパレードを行ったりして、費やされると述べた。グループはまた、トルコ議会の議員と会うためアンカラに向かうだろう。

 トルコで、150人が運転する70台の車輌がコンヴォイに合流し、ガザに向かう。20人のトルコ人ジャーナリストもまた加わると、ビラウィは語った。

原文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:コンヴォイはヨルダンからエジプトに渡れないかも(12月15日)
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「入植者が樹木を根こそぎにし警察は無関心」

ラマッラ地域のパレスチナ人農夫は、彼の作物が100回ばかり破壊されたと断言、処罰も受けずに逃げ去った近くの前哨基地の入植者に非難を向ける。民間行政は調査中と語る

Ali Waked
2009年12月15日

(本文翻訳省略)

tree2.jpg_wa.jpg(写真: B'Tselemの好意)
木立のあったal-Mugayyir

全文:Ynet news

関連記事:「樹々が何をしたか?」Palestine Monitor
2009年12月16日
オリーヴ樹破壊の別の事件は、西岸で起こった。ラマッラの北東、al-Mughayyir村の住人、Akram Na'sanは、月曜日の朝、最近彼が植えたほぼ260本のオリーヴの若木が、引き抜かれ破壊されているのを見つけた。それらのおよそ190本は、今年植えられ、残りは昨年植えられた。

Palestine Monitor
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パレスチナ難民がUNRWA財政危機で事業切り下げに直面

Rami Almeghari
The Electronic Intifada
2009年12月15日

 国連パレスチナ難民救済機関(UNRWA)は、被占領パレスチナ領域(OPT)、シリア、レバノン、ヨルダンの470万人以上のパレスチナ難民への基本的業務切り下げに繋がる深刻な(資金)不足に直面している。

 UNRWAによると、機関の2009年の資金は既に使い尽くされ、2010年は1億4000万ドルの不足に直面している。

 ガザ回廊で、UNRWAは、100万人以上に、教育、衛生、就労計画を提供する。ガザのパレスチナ人は、イスラエルとエジプトによる領域へのほぼ3年にわたる封鎖で、UNRWA業務への依存を強めている。地域的また国際的推定によれば、封鎖の結果、失業はほぼ70パーセントに跳ね上がり、かなり大多数の家族が、国連の食料無料支給に頼っている。
(中略)

 10月に、UNRWAは、1万4000の臨時仕事の機会を加え、そのうち3,000は、封鎖により住人の一般的窮迫と原料不足のただ中にあって、生き残りをかけて努力する民間部門の支援に向けられた。

「状況は、まったく前代未聞で、耐え難く、そしてこれこそが、今年の11月に、アンマンで、施主と招致の国々の会談でわたしたちが伝えたことだ」と、ガザのUNRWA報道官、アドナン・アブ・ハスナは語った。「このような大規模な悪化のただ中で、わたしたちが、中東の470万人以上のパレスチナ難民への事業を提供し続けることができないことは明白だ」。

 今月60周年を迎えたUNRWAは、「彼らの苦況の公平で恒久的解決が未決の」パレスチナ難民への、教育、基本衛生、職業訓練、および他の不可欠な業務を提供するよう委任された。UNRWAは、OPT(被占領パレスチナ領域)での、イスラエルの攻撃に続く、家屋や設備再建のため、しばしば緊急支援を提供しなければならなかった。

 世界の他のすべての難民を保護する国連難民高等弁務官事務所と異なり、国際法と国連総会決議194が要請する、彼らの帰還を提唱し、確実にする委任は(UNRWAには)与えられなかった。

 UNRWAは、殆ど完全に、国連加盟国からの自発的寄付金で資金提供され、そして、2010年と2011年の中心的予算が約12億3000万ドル、難民ひとりあたり、260ドルちょっとしかない。

 必要性が増加する中、UNRWAはしばしば、やむを得ず緊急アピールを発動した。今週の危機への応答に、19の拠出国が、9000万ドル以上を約束したが、UNRWA職員は、なお大きな不足を予測しており、計画と事業の切り詰めを警告する。機関は、現在、蓄えを全く持たない。

全文:The Electronic Intifada

 イスラエルの経済成長は、パレスチナからの搾取でもたらされている。国連決議に従うなら、イスラエルは、パレスチナ難民の帰還を受け入れ、帰還を望まないパレスチナ難民に対しては、奪った家屋・領地の賠償を行わなければならない。そのようにして初めてパレスチナ難民の問題はなくなり、UNRWAの役割も終えることができる。ところが最近のこと、米国のイスラエル・ロビーに買収された議員などが「UNRWAの役割は終わった」などと言い出している。米国だけがUNRWAに拠出しているのでない、世界中が、わたしたちの税金が拠出されているのだ。イスラエルの経済成長を支えるパレスチナからの搾取故に。
posted by mizya at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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