2010年01月19日

拘束が続く中、反壁活動家解放

2010年01月16日土曜日

ベツレヘム - Ma'an - 起訴のないまま、イスラエル刑務所での何カ月もの拘留の後、反壁活動家、ムハマド・オスマンとジャマル・ジュムアが解放されたと、土曜日、古参のキャンペーン役員は声明で述べた。

「彼らの解放は大きな勝利だ。彼らの自由を護る助けとなる行動をとったすべてのみなさんに感謝する」と、声明は述べた。

 ジュムアとオスマンは、パレスチナ人の移動の自由を深刻なまでに制限し、農地没収を引き起こす、イスラエルによる分離壁建設に反対する組織、Stop the Wallのため仕事する。彼らの拘留は、反壁活動家に対するイスラエルの続く弾圧の一部だった。

(中略)

西岸民衆指導者の夜襲・脅迫・逮捕

 イスラエル平和活動家、Jonathan Pollackにより発表された声明によると、金曜日、アル-マサラ村のふたりの民衆委員会メンバーの家が、イスラエル兵士らの襲撃を受け、壁に反対する民衆委員会メンバー、モハメド・バルジヤとマフムード・ズワフレの家を取り囲んだ。このベツレヘムの村は、週一回の反壁デモンストレーションの場所である。

 木曜日、壁に反対するパレスチナ民族委員会のメンバーでアル・クッズ大学の講師、Saed Yaqimは、エルサレムの北西、ベイト・ドゥックの彼の家から拘束された。

「バルジヤとズワフレの二人ともが、村での抗議行動の組織を停止しないならば、その跳ね返りが続く、と警告を受けた。ズワフレは、子どもの死を招くと脅迫さえされた」と声明は述べた。

(後略)

全文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:イスラエル刑務所での1カ月の拘留後、ジャマル・ジュムア解放(01月14日)

 翻訳していると、こんな文章はないなあと思うことも多いが、まあ、原文に(力量が許す限り)忠実ということで、ご理解いただきたい。


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2010年01月18日

レバノン人がエジプトのガザ障壁に抗議行動

2010年01月17日

ベイルート (AP) - レバノンのデモ参加者は、日曜日、ガザ国境沿いの地下鋼鉄壁建設に関し、エジプト大統領のイスラエルの代理店のような行動を非難。

 エジプトの障壁は、何百もの密輸トンネルを塞ぐことにより、ハマース統治のガザの唯一の生命線を奪うかもしれない。

 およそ200人が、エジプト大使館近くでの抗議に加わった。群衆は、米国やイスラエルの旗に火をつけた。 いくつかのイスラエル旗は、エジプト大統領、ホスニ・ムバラクの写真がつけてあった。

(後略)

全文:fox12idaho.com

関連記事:「インドネシアのイスラーム教徒がエジプトのガザ壁に抗議」Yahoo! news
2010年01月17日日曜日
ジャカルタ (AFP) - 200人以上のインドネシア人イスラーム教徒が、日曜日、ジャカルタで、ガザ回廊とのエジプト国境を越えるトンネル網を塞ぐために建造されている地下壁に反対して抗議行動した。

アーカイヴ:スフィンクスが手伝ってくれた(01月10日)
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IFJは「報道の自由へのこの堪え難い暴力」を非難する

2010年01月15日金曜日

ベツレヘム - Ma'an - 国際ジャーナリスト連盟(IFJ)は、金曜日、イスラエル当局に、Ma'an News Agencyの英語編集主幹への追放命令を取り消すよう要請した。

 火曜日、イスラエル入国を拒否されたアメリカ人ジャーナリスト、ジャレッド・マルスンは、以来ずっと、テルアヴィヴのベングリオン国際空港に捕われたままだ。

「わたしたちは、報道の自由へのこの堪え難い暴力を非難する」と、アイダン・ホワイトIFJ総書記は語った。「入国禁止はこの場合、ジャーナリストの独立した報道への報復措置であるように見え、容認できない」。

 IFJは、125ヵ国、60万人以上のジャーナリストを代理する、世界中のメディア専門家の最大の組合で、マルスンやMa'anのすべての他のジャーナリストも、被占領地域でIFJを代理するパレスチナ・ジャーナリスト組合を通じて、そのメンバーである。

(後略)

全文:Ma'an News Agency
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Ma'an記者トップの拘留に非難

2010年01月15日金曜日

ベツレヘム - Ma'an - イスラエル当局が、今週末、Ma'an News Agencyの英語編集主幹を追放する準備をしたとして、メディアの権利集団は、出版の自由に対する攻撃と、彼の進行中の拘留を非難した。

 ジャレッド・マルスンは、元々、木曜日の朝、聴聞会なしで強制送還される予定だった。テルアヴィヴの米国当局による抗議が、一時的反転をもたらし、Ma'anによる差し止め命令の提出で、少なくても日曜日まで追放を遅らせた。

 国境なき記者団は、「過去2年間にわたり、独立系パレスチナ通信社、Ma'anの編集者として仕事をしてきた、米国人ジャーナリスト、ジャレッド・マルスンの拘留と差し迫る追放を非難する」、集団は、水曜日、記者団と他が、Ma'anの英語編集主任のトップ・ジャーナリストのために発行するだろう多くの内の最初の声明で述べた。

 世界中で出版の自由を監視する、ニューヨークを拠点とするジャーナリスト保護委員会は、イスラエルに、仕事の特定の内容でリポーターに対し処罰行為を取るのを控えるよう促した。「イスラエルは、ただ、当局が好まない編集方針を維持したジャーナリストを外すために、安全の口実の陰に隠れることはできない」と、委員会は語った。

(後略)

全文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:イスラエル:ガザ戦争以後のメディア規制で報道の自由の低い格付け(2009年10月23日)
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2010年01月17日

EU議員代表団がガザに入る

2010年01月15日金曜日

ガザ - Ma'an - ヨーロッパ議会メンバーは、包囲された回廊の、昨冬のガザへのイスラエルによる攻撃、カスト・リード作戦の余波の状況を査定するため、金曜日、ラファ検問所経由で、ガザに到着した。

「55人のEU議会人の代表団は、イスラエルの戦争で破壊された領域をツアーする2日間の訪問中である」と、事実上の封鎖終結委員会は語った。

(後略)

全文:Ma'an News Agency

関連記事:「イギリス議員はガザ封鎖を『邪悪』と語る」Ynet news.com

ガザ訪問を導いた、ジェラード・コーフマンは、イスラエル当局が戦争犯罪で裁かれるべきと語る
AP通信
2010年01月15日

 イギリス労働党議員は、ガザ回廊を訪問していて、イスラエルとエジプトにより、ハマース統治領域(に課された)封鎖が「邪悪」と語る。

 ジェラード・コーフマンはまた、イギリスの親-パレスチナグループによる、昨冬のガザへのイスラエル戦争に関わったイスラエル政治家に対する、逮捕状発行の試みを支持すると話した。
(後略)

アーカイヴ:50人のヨーロッパ議員団がガザ訪問(01月14日)
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東エルサレムのラリーで左派13人が拘束

ユダヤ人の接収に反対する週1回の抗議行動の拘留者の中にイスラエル市民権協会代表

Ronen Medzini
2010年01月15日

 イスラエル市民権協会代表、Hagai Eladを含む、13人の左派活動家が、金曜日、東エルサレムのシェイフ・ジャッラ地区のラリーで拘束された。

 およそ70人のアラブ人とユダヤ人左派が、この地区の家屋のユダヤ人による接収に反対するデモンストレーションで、毎週の抗議に参加した。抗議者たちにより掲げられたボードは、「追い立てに反対するユダヤ人とアラブ人」を含んでいた。

 警察官は、彼らが、許可のないラリーの散会命令を無視したので、何人かのデモ参加者が拘束されたと語った。
 しかし、抗議者のひとりは、Eladが、現場で警察官に近づき、彼らと話そうとした後、拘束されたとYnetに語った。

(中略)

 別のデモンストレーターはまた、抗議行動は平和的で、道路封鎖を含んでいなかったと主張した。
「わたしたちは、静かに集まり、静かに抗議行動した」と彼女は語った。「わたしたちは、それら家屋に近よりさえしなかったし、そのようなラリーは警察の許可を必要としない。警察は、わたしたちが左派とアラブ人だから、抗議を沈黙させたがっている。彼らは、右翼活動家らをこのようには扱わない」。

 似ている、どっかの国の警察と。

全文:Ynet news.com

アーカイヴ:東エルサレムのイスラエル入植地は平和への真の脅威(2009年12月21日)
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道路網遮断がShufa村で喉輪を絞める

2010年01月15日

roadblock-400x300.jpg
Shufa村への入り口の土盛り

 Shufa村は、村への入り口に、新たな道路遮断が築かれ、厳しい道路アクセスと配電網接続がないことで、もがき続けている。

 イスラエル占領軍は、1週間前、軍が、遮断を閉じることにより、その時々で、村へのアクセスを制限したり禁じたりできるよう、Shufa村の入り口に、新たな道路遮断を築いた。
(中略)

 Shufa村は、半分に分けられ、道路遮断とアパルトヘイト道路によって隔離された。 村の低い半分は、ツルカレム市からほぼ8kmだが、村人は、1kmもない隣人まで、丘をのぼって運転することはできない。土盛りとコンクリート・ブロックが、嘗ては村の2つの半分を繋いでいた「入植者専用道路」に延びる短い区間へのアクセスを止める。

 丘の上に位置する村の部分は、6年間、すべての道路へのアクセスが拒絶された。現在、たったひとつ開かれている道路は、ツルカレムの反対側で、村人は、8km離れた市(ツルカレム)に到達するため、検問所を通って、22km旅しなければならない。遮断された道路は、過去8年間で、たった3日半、開かれただけだ。深刻な移動制限と遅延は、赤三日月社の救急車へのShufaへの出入りアクセス拒否のため、村に、少なくても3つの死をもたらした。

(後略)

全文:International Solidarity Movement

 2003年12月だから、ほぼ6年前、エルサレムからベツレヘムに向かうと、ベツレヘムの入り口に画像と同じ、道路遮断の土盛りが築かれていた。土盛りの前でタクシーから荷物を降ろし、この土盛りを荷物と共に越えなければならなかった。この時は、ベツレヘムに作られる美術単科大学の図書室のために、アラビア語の美術書をアンマンとダマスカスで求めて(多くの美術館・画廊が寄付してくれた)それを運ぶ旅だったから、本を抱えて、何度もこの土盛り越えを繰り返した。この土盛りは、土だけでなく、コンクリートやアスファルトの固まりで凸凹していて、レジ袋のようなものが半分埋まり風にはためいて、有刺鉄線ならぬレザー・ワイヤーが不安定に設置され、危険きわまりない。幹線に輸送トラックが止められ、水のペットボトルが入っているらしい段ボール箱が、ひとつづつ、人の手で土盛りを越え、ベツレヘム側に止められた車輌に運び込まれていた。
 少し離れた高台に数人のイスラエル兵、こちらを伺っていた。
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