2010年02月01日

ラジューンで1953年に「入植地の必要」として486のアラブ家族から没収した土地を、イスラエル最高裁判所が彼らに返却しないと判決

2010年1月26日火曜日
Adalah

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ナザレ地区の没収されたパレスチナ村、ラジューンの破壊された家屋

Adalah:イスラエル最高裁判所の決定は、イスラエルのアラブ市民の財産権よりも、イスラエル国家の人工林に、より大きな重要性を与えた。それはまた、原告の国籍により異なった2つの経過の動きで、裁判所の土地返却の政策を示した: ユダヤ市民は、使われてなければ、没収された土地を回復できるが、しかし国家のアラブ市民は、それが何10年間も使われてないとしても、土地を取り戻すことはできない。

(本文翻訳省略)

Forbidden Land - Adalah

全文:The Alternative Information Center


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「国家はパレスチナ人労働者の保険金を吸い上げた」

ベン・ハートマン
2010年01月29日

報告:20年以上、イスラエルは、10億シェケル以上の国民保険を労働者に与えなかった。

 イスラエル政府が、1970年-1994年の間、パレスチナ人労働者から取った国民保険の金の10億シェケル以上を吸い上げてきたと、水曜日発表された報告は述べた。

 労働者権利組織、Kav LaOvedにより編纂された報告によると、1970年-1994年の間、10億シェケル以上が、国民保険支払いでパレスチナ人労働者の給料から天引きされたが、実際には、金は代わりに財務省に注ぎ込まれ、労働者が組合への参加資格を与えられなかったのに、全国労働組合報酬支払いに使われていた、と、報告は述べた。

 Kav LaOvedは、それらの数年間、パレスチナ人労働者は、給料と共に、国民保険の差し引き合計額が詳細された仕切り票を受け取っただろうと語った。報告の調査結果によると、差し引かれた基金の7.63パーセントのみが、労働者保険の支払いに充てられ、残りは財務省に注ぎ込まれた。

「国家強奪」と題された報告で、Kav LaOvedは、1993年に財務省から受け取った、差し引かれた金が、基盤整備計画の資金提供のため、西岸の民事行政に支払われたとする書簡に言及している。

 Kav LaOvedの代表で報告の著者、ハンナ・ゾハルは、問題の基盤整備計画は、入植地建設と関係すると推定していると語った。

(後略)

全文:The Jerusalem Pout
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洪水がガザのテント生活共同体により多くの災いをもたらす

The Electronic Intifada
2010年01月29日

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ガザ回廊中心部、al-Mughraqaの状況は「衝撃的」 (Suhair Karam/IRIN)

被占領ガザ回廊(IRIN) - 1年ちょっと前に終わった、イスラエルによる23日間の軍事攻撃でホームレスとなった、ガザの何千人ものパレスチナ人はまだ、テントと損壊した建物にいる;寒い天候と最近の鉄砲水が、彼らの苦況を悪化させたと、支援スタッフと国連パレスチナ難民救済機関、UNRWAは語る。

 1月25日、ガザ北部のベイト・ラヒヤ、ガザ市から南西に6キロメートルの町、al-Mughraqa、ガザ北部のジャバリヤの東、エズベト・アベド・ラッボのテント生活共同体を、大雨と洪水が襲ったと、ハマース職員は語った。

 UNRWAは、al-Mughraqaの状況は「衝撃的」と述べた。そこの住民の殆どは、自身の土地を持たず、シェルターかテントに、その生計を依存する家畜と共に住んでいる。

 住民は、彼らの動物の多くが洪水で死んでしまい、人びとは、2007年以来ガザの事実上の支配当局、ハマースにより配給される食糧で生き延びていると語った。

(後略)

全文:The Electronic Intifada

アーカイヴ:ガザ政府が洪水の影響を受ける家族にシェルターを提供(01月21日)
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入植者らが旧市街のパレスチナ人家屋を占拠、錠を変える

2010年01月30日

エルサレム - Ma'an - 年配のパレスチナ人現住者を追い出し、入植者に建物への部分的立ち入りを認める裁判所命令に続いて、イスラエル入植者らは、金曜日の朝、エルサレム旧市街のパレスチナ人家屋に違法に居座り始めた。

 その名で家屋が登録されている、ファティマ・ダフーディ、80歳は、入植者が、彼女の旧市街の住居に入り、錠を変えた時、ベイト・ハニーナの息子の家に滞在していた。彼ら(入植者ら)は今や、離れることを拒絶していると、目撃者は語った。

 エルサレム行政裁判所は、1月25日、ダフーディを家屋から排除して、午前8時-午後8時まで男、午後8時-午前8時まで女のシフトで、イスラエル入植者に部分的立ち入りを認めた。

 この裁判所の判決は、家屋の年配の所有者に、仮に彼女が建物に入ろうと試みた場合、投獄と2万シェケル(5,350米ドル)の罰金を命じた。彼女はまた、入植者の弁護士のための弁護費用、9,000シェケル(2,400米ドル)を支払うよう命じられた。

(後略)

全文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:東エルサレムのイスラエル入植地は平和への真の脅威(2009年12月21日)

 エルサレム旧市街の店舗が連なる表通りから住宅街に繋がる階段をのぼると、商店街の喧噪から逃れることができた。ブロックで共有する中庭で、少年たちがサッカーボールを蹴っていたりする。「道に迷ったの?」なんて訊かれる。それはそうだ、外国人が歩きそうもないところを歩いているのだから。「静かなところを歩こうと思って」。
 旧市街にイスラエル人入植者が移り住んできたなら、こんなそぞろ歩きはできない。彼らは銃を持っている。奪った土地、奪った家屋に、自らの暴力の影に怯えながら潜んでいるのだから。
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