2010年04月02日

イスラエル無人機が「報復」を誓う警告ビラをガザに撒く

2010年04月01日木曜日
Saed Bannoura - IMEMC

パレスチナ関係筋は、木曜日、イスラエル無人機が、深夜時間帯、何百枚もの警告ビラを、ガザ回廊とイスラエルの境界に沿った地域に撒き、住人に攻撃に備えるよう警告したと報告した。

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イスラエル無人機

 目撃者は、ビラが主に、先週金曜日、イスラエル軍の中に死傷者を出した最近の攻撃が行われたアル-ボレイジュ難民キャンプに近いジュフル・アッディークの東、中央地区と、ハーン・ユーニスの東の地区に撒かれたと報告した。

 ビラは、住民に、軍がこの何時間かのうちに報復するだろうと警告しているが、しかしこの報復の本質を明らかにしなかった。ビラはただ「明日の報復を待て」と述べた。

(後略)

全文:International Middle East Media Center

アーカイヴ:戦車がガザに入り、パレスチナ人が空爆で殺された(03月30日)


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スウェーデンのファッションチェーンH&Mが圧力下

Adri Nieuwhof
The Electronic Intifada
2010年03月31日

 1年以上前、いくつかの懸念を持ったスウェーデン組織が、フランチャイズをイスラエルに広げる計画について、ファッションチェーンH&Mに訊ねた。H&M経営者側は、噂を否定したが、書式化された確証の提供を拒絶した。3月に、H&Mは、不意を突いて、店舗をテルアヴィヴに、第2店舗をエルサレムのマルハ・ショッピング・モールにオープンした。そのモールは、1948年のナクバで民族浄化されたパレスチナ村、アル-マルハに建設されている。いくつかのヨーロッパの都市で、活動家たちは、イスラエルでのH&Mの出店に抗議した。

(中略)

 エルサレムのH&M店は、1948年に民族浄化され、元来のパレスチナ住民が、彼らの土地に戻る権利を否定される難民である、パレスチナ村、アル-マルハに建設されている。アル-マルハからの難民家族の孫、バハ・ヒロは、村人追放を調査した。ヒロによると、村人は、近くのデイル・ヤーシン村での、1948年4月8日と9日のパレスチナ人虐殺とほぼ同時期に追放された。

 彼は「ハガナー民兵(イスラエル建国以前のユダヤ人地下組織)が、(自身の)民兵を組織した村人と戦かった。 年老いた世代は、この抵抗を誇りとしている。村人が、戦争は長引くと気づいた時、何人かが毛布や貴重品を取りに戻った。ハガナーは、彼らに発砲し、近寄るなと脅した。ほぼ10人が死んだ。アル-マルハのほとんどの村人は、ベツレヘムに逃げ、何人かはラマッラに逃げた」と彼は述べる。追放された村人たちは、アル-マルハに戻ることも許されず、彼らの失ったものへの補償を受けることもなかった。

(後略)

全文:The Electronic Intifada

アーカイヴ:パリ:H&Mでミリタリー・ファッション(03月23日)
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「300」検問所での「聖なる火」

2010年04月01日

パレスチナでの東方正教会組織の呼びかけに続き、パレスチナ・クリスチャンは、先週の土曜日、エルサレムからベツレヘムを隔てる「300」検問所通って、エルサレムで「聖なる火」を祝おうとした。

写真はすべて、FLVとJ.S.による。ヴィデオはJ.S.による。

 信教と移動の自由を求め、イスラエル当局によって課される制限に抗議して、150人以上のデモンストレーターが集会に加わった。デモ参加者が、金属製の門に近づいた時、ひとりで立っていた兵士は驚き、反対側に渡るデモンストレーターを止めることができなかった。

 行進は、警察がゲートを閉じようと試みた検問所内で続いた。(後略)

PalestineMonitor

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デモンストレーションはアパルトヘイト・ウォールを過ぎた

全文と画像18枚:Palestine Monitor
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いいえ、できない: パレスチナ人は西エルサレムに住むことも建てることもできない

Hagit Ofran
イスラエル・ピース・ナウ入植地ウォッチ・プロジェクト・ディレクター
2010年03月30日

 かなりしばしば聞かれる、東エルサレムのユダヤ人入植地のための、ひとつの議論は、市民権原則に基づく:パレスチナ人が西エルサレムに建てることができるのだから、ユダヤ人も東エルサレムに建てることができるべきだ。「アラブ人が建てたり買ったりが許される一方で、ユダヤ人だけが、エルサレムに建てることを禁止される状況はありえない」と、リーバーマン大臣は、今週、イスラエルメディアに語った。もはや真実を語るべき時だ:パレスチナ人は、西エルサレムに自由に買って建てることなど実際にできない。

(中略)

 現在の事実:真実は、西エルサレムがパレスチナ人所有権に事実上、閉ざされている。 なぜか?

1. 東エルサレムのアラブ住民は、イスラエル市民でない。彼らはイスラエルの永続的住民であり、居住、労働、税金を支払い、イスラエル国家からサーヴィスを受ける権利を有し、エルサレム自治体の投票をする権利さえあるが、クネセト(イスラエル国会)の投票は出来ず、イスラエルのパスポートも持たない。

2. 西エルサレムとイスラエルの土地の殆どは、「国家の土地」であり、イスラエル土地公社(ILA)により管理される。

3. ILAの公式手順によると、国家から土地を買うか借りるかを欲するものは、イスラエル市民か、イスラエルで生まれなかったユダヤ人にイスラエルの市民権を得させる、帰還法の下で市民権の資格を与えられたものでなければならない。東エルサレムのアラブ住民はどちらのカテゴリにも入らない。

(中略)

 それで、だれが、西エルサレムで家や土地を買うことができるのか? ユダヤ人とイスラエル市民である。イスラエル市民の20%がアラブ人であり、彼らがイスラエルのどんな場所でも土地を買うことができるというのは事実だ。しかし、これは特権でなく、民族的背景に関わらずすべての市民の基本的権利である。

 そしてもうひとつの問題、東エルサレムさえ、イスラエルが1967年以降パレスチナ人所有者から没収した土地に建設したイスラエル地区(国際法下で入植地)で、東エルサレムのパレスチナ人は全く土地を買うことができない、というのも、それは「国有地」と考えられているから。

全文:The Huffington Post

おまけ:ADALAH

 イスラエル市民の20%のアラブ人が、イスラエルのユダヤ市民と同等の権利を享受しているかというとそうではない。ADALAHはイスラエルのアラブ・マイノリティの権利センターで、最近、パレスチナをリードするhip-hopグループ、DAMの協力を得て15分のドキュメンタリを作った。街でインタヴュする中に、3ヵ月前に南アフリカから移民してきたユダヤ人が含まれていて、彼女はまだヘブライ語が巧くはなせない。このドキュメンタリのエンディングロールで止めずに観ていて欲しい、エンディングロールの後で、南アフリカから移民してきたユダヤ人が、初めてインタヴュアーがアラブ人だと知るシーン、小さなどんでん返し、アラビア語とヘブライ語に英語字幕。
posted by mizya at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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