2010年04月13日

報告:イスラエルがヨルダン渓谷の農場への水を遮断

2010年04月11日

ベツレヘム - Ma'an - イスラエルの大臣が、西岸の給水制限を脅迫した4日後、日曜日、イスラエル当局は、ヨルダン渓谷の村の農業に使われている主要水源を遮断したと、委員会メンバーと弁護団は語った。

 バルダラ村の農夫たちは、利益だけでなく、土地の生育力も失いそうで、決定に抗議した。

 ヨルダン渓谷救済運動の調整役、ファティ・イクデイラトは、「決定は、何万もの農業農地・温室・柑橘類・椰子の木、ことさら野菜収穫と果樹が花をつける季節の今、破壊の脅迫である」と語った。

 主要水源は、村の住宅区域に位置しており、ヨルダン渓谷北部と周囲の違法なイスラエル入植地に水を供給していると、彼は付け加えた。

(後略)

全文:Ma'an News Agency


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投獄のパレスチナの子どもたち

2010年04月11日日曜日

4月11日、(Pal Telegraph) 2009年6月、Defence for Children International (DCI/子ども防衛インタナショナル)/Palestine Section (パレスチナ部門)は、『パレスチナ子ども政治犯たち:イスラエル当局によるパレスチナの子どもたちへの系統的で制度化された虐待と拷問』と題された報告を発表した。

 DCI/パレスチナは、国際法原則に従い「パレスチナの子どもの権利を促進し保護する(ことに捧げられる)、国際的非政府子どもの権利組織と活動の全国部門である」。

 2000年以来、合計およそ6,500人、毎年、18歳以下の西岸の子どもたち、およそ700人が、逮捕され、拘留され、尋問され、そしてイスラエル軍事裁判所に起訴される。DCI弁護士は、彼らの30から40%を代理する。報告は、彼らの拘留中の拷問と虐待に焦点をあてる。

 1967年の占領以来、およそ70万人のパレスチナ人の男・女・子どもが、イスラエル司法制度を通り抜け、1990年から2006年まで、15万人以上が、軍事裁判所で裁かれ、残りの人びとは、より軽い判決のため司法取引で扱われた。平均すると1年あたり、大人同様に扱われた700人の子どもを含む、9,000人以上のパレスチナ人が影響を被る。

 殆ど43年間、イスラエル軍事裁判は、咎めなしに、人権と人道法に違反するライセンスを当局に与え「国際社会の厳しい監視を殆ど完全に欠いたまま」運用した。その結果、正当な手続きと司法的公正は、それらを否定するシステムの下で適用されない。

 しかし、国連児童権利条約(CRC)、第37条(b)は述べる:

「子どもの逮捕・拘留あるいは投獄は… 最終的手段の措置とし、最短適切な期間でのみ使用される」。

(後略:あまりにも長過ぎてきりがないから。読み進めると、拷問の手法、子どもたちの証言などが、はるかかなたで現れる)

全文:The Palestine Telegraph

アーカイヴ:イスラエル占領軍が3カ月でパレスチナ人1,400人を検挙(04月06日)
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「ナクバ」- 1948年のパレスチナ大災厄

shishi87
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ロンドン警察は靴投げを「儀式」と判断

2010年04月11日日曜日

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2009年1月3日のデモンストレーションで、少なくとも1,000足の靴が、ダウニング街近くの抗議ルートに並んでいた。

 ロンドンの首都 (Met) 警察は、パレスチナ人に対するイスラエルの侵略を放棄させることを目指した、象徴的抗議での靴投げを許可した。

 タイムズによる報道は、Metが、行為と暴力の違いを承認し、儀式は、前米国大統領、ジョージ W. ブッシュに靴を投げつけたイラク人ジャーナリスト、Muntadhar al-Zaidiに鼓舞されたと述べる。

(後略)

全文:Press TV

 ロンドンの首都警察はこの国の警察とはだいぶ違う。少なくても、民主主義、異議申し立てを表現行為と認識している。デモンストレーションが終わった後も、しばし、路上に残された靴が、異議を叫び続けた。に、違いない。
 翻ってニッポンの警察、麻生政権末期、「アソー政権打倒」デモで、新宿に集まったデモンストレータ250人に対し、やってきた公安100人、あちらこちら駆け回って、デモンストレータの写真を撮りまくっている。これではどう考えても「犯罪者」扱い、表現行為の認識は「皆無」としか言いようがない。
 もう一度翻って、かれこれ7年になるが、モントリオールで「ヴィジル」(ふ〜ん、昼でもヴィジルと言うんだ、などと思った)に参加したときのこと、1,000人ほどのデモンストレータに警察官は4人か5人、サイクリングスーツにサイクリングヘルメットのいでたちで、ロードレース用の自転車をゆっくりこいで、「ソ・ソ・ソリダリテ」な〜んて叫びながら、ゆったり進む「ヴィジル」についてきた。彼らの役目はというと、目的地の出入国管理事務所モントリオール支局の前にデモンストレータが到着すると「歩道にあがって、歩道にあがって」と言うこと、最後のひとりが歩道に移ったのを確認すると、またたく間に離れ、小さなシルエットになった。デモンストレータを撮るためのカメラなど持ってはいない。
 三たび翻って、「アソー政権打倒」デモは、新宿駅東口が終着点で解散場所だった。主催者側が、連絡事項など告げている間も公安は立ち去ろうとしなかったので、「公安のみなさん、このまま、流れ解散です、お引き取りください」なんて、言われていた。250人のデモに、100人の警察官は多過ぎはしないか、モントリオールでの比率でいえば、1人か2人で充分の筈、税金の無駄遣いというしかない。
ラベル:ロンドン警察
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