2010年12月29日

「カストリード作戦」から2年

2010年12月27日

Lina.JPG.jpg

[2010年12月27日] - 今日は、ガザ回廊へのイスラエル軍事攻撃の開始から2周年を記す。2008年12月27日から2009年1月18日まで、352人の子どもたちを含む、パレスチナ人、1,400人以上が殺戮された。

(略)

 2周年を標し、DCI-パレスチナは、戦争で殺された子どもたち352人すべての物語を発表している。 これら簡単な、しかし無視できない物語は、それら事件の証言となる。

写真: リーナ・ハサン - 1999年9月1日生まれ、2009年1月6日殺戮される。

全文:Defence for Children International

「殺された子どもたち352人」をクリックすると、「殺された子どもたち352人」のリストにリンクする。そのリストで氏名をクリックすると、それぞれの子どもたちの物語にリンクする、上記、「リーナ・ハサン」をクリックすると彼女の物語、ジャバリア難民キャンプの国連が運営する学校に避難していて、砲撃を受け殺戮された、と記されたページに移行するように。
 思い出すのは「シャヒード、100の命」展、ラマッラ、ハリール・サカーキーニ文化センターでつくられた、第二次インティファーダの開始以来、イスラエルにより殺戮された100人のシャヒードのポートレートと遺品で構成された展覧会で、日本にも招聘された。「シャヒード」は、英語にしろ日本語にしろ「犠牲者」、「殉教者」と翻訳されるが、「見た者」、「見たが故に証言できる者」、つまり「自ら体験した死を証言する者」の意で、犠牲者も殉教者も、実は舌足らず、正しい翻訳とは言い難い。もっとも、イスラーム墓地を破壊した上に「寛容博物館」建設を計画して物議をかもすサイモン・ウィゼンタール・センターなどは、日本に招聘した時の助成基金に、「シャヒードとは『テロリスト』のこと、それを知って助成しているのか」と脅しをかけてきたが、シャヒードに「テロリスト」の意味はない。ただ、パレスチナ闘士が死んだ場合、「シャヒード」と呼ばれることはあるにしても...
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行動を:「カストリード」から2年、オバマ政権はイスラエルに責任を負わせなければならない

2010年12月27日月曜日

gaza_castlead_bombing.jpg
「カストリード」作戦でのイスラエルのガザ爆撃

 2年前の今日、ガザ回廊の包囲のパレスチナ市民、150万人に対し、イスラエルは「カストリード作戦」と名付けられた恐ろしい攻撃に着手した。

 地球上の何百万人もの良心に衝撃を与えた、徹底的な22日間の攻撃で、イスラエルは、その殆どが一般市民のパレスチナ人、ほぼ1,400人を殺戮した [1] 。

 それ以来、イスラエルとハマースの間の休戦は大方保たれているが、イスラエルは、違法封鎖を通し、ガザ回廊のパレスチナ住民への集団懲罰を継続している。

 その指導者らは、ゴールドストーン報告 [2] が、人権と国際法の違反、戦争犯罪、人道に対する罪の可能性を証明したことに、責任を取らないできた。

オバマ政権への米国キャンペーンの要請に参加を:
1. イスラエルのガザ回廊への違法封鎖終結の要請、
2. 行為に対しイスラエルに責任を負わせることから国際社会が妨げるのを停止。

次の22日間で2万2000人の署名目標に到達するようご支援を

(略)

全文:End the Occupation

 最終行「ご支援を」をクリックすると署名ページに移行。
posted by mizya at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | action | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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