2011年01月26日

漏洩パレスチナ文書への反応

パレスチナ交渉者たちは記事を、偽り・でっち上げ・半面の真理として、憤り退ける

Chris McGreal in Washington
The Guardian
2011年01月24日月曜日

 イスラエルとの交渉の機密報告で名指されたパレスチナ交渉者たちは、偽り・でっち上げ・半面の真理として、それらを憤って退けたとき、ユダヤ国家に被占領東エルサレムの入植地と他の居留地を維持させる彼らの申し出に関して、同様に不利な反動があった。

 記録で名指された主導的パレスチナ交渉者2人、サーエブ・エレカットとアフメド・クレイアは、漏洩に激しく反応した。エレカットは、それらを「偽りの束」と呼んだ。クレイアは「記録の多くの部分は、パレスチナ自治政府とパレスチナ指導部に対する煽動の部分として、捏造された」と主張した。

 しかし、交渉チームでふたりの男の元同僚だった、ダイアナ・ブットは、イスラエルに、エルサレム内のユダヤ人入植地のひとつを除き、すべてを保持させる2008年の彼らの秘密の提案を、衝撃的でパレスチナ人民の願望に「疎い」と呼んだ。

 彼女は、エレカットに辞職するよう求め、譲歩は事実上、エルサレムの大きな分け前で、ユダヤ人入植地拡張を継続するイスラエルの戦略が実現することを意味すると語った。

(略)

全文:guardian.co.uk


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ラシード・ハリディ:漏らされた「パレスチナ文書」はパレスチナ自治政府の弱さとイスラエルと米国の拒絶主義を力説する

Democraci NOW!
2011年01月24日

 新たに公開された文書は、イスラエル政府との和平会談で、パレスチナ交渉者が、西岸の土地の広大な地域と東エルサレムの殆どすべてを諦めることに同意したと示す。公開は、「パレスチナ文書」と呼ばれているものに含まれる多く--1999年から2010年までのイスラエル-パレスチナ交渉の中の1,700以上のファイルだ。ニュースネットワーク、アルジャジーラは、日曜日、文書の細部を発表し始めた。わたしたちは、コロンビア大学教授、ラシード・ハリディと話す。[おおまかのトランスクリプトを含む]

映像(14分ほど)とトランスクリプト:Democraci NOW!
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2011年01月25日

パレスチナ文書議論

AlJazeeraEnglish
2011年01月23日

イスラエル元外務大臣、シュロモ・ベン・アミ、イギリス中東モニター所長、ダウド・アブドッラ、Electronic Intifadaの共同設立者、アリ・アブニマが、パレスチナ文書について議論する分析者討論団を構成する。


AlJazeeraEnglish


AlJazeeraEnglish


AlJazeeraEnglish
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パレスチナ文書:明かされた「ナプキン・マップ」

パレスチナ文書は、2008年半ば、マフムード・アッバスに提示されたイスラエル土地交換地図の翻案を含む。
Gregg Carlstrom
2011年01月23日

 パレスチナ自治政府は、イスラエル政府に、東エルサレムの違法イスラエル入植地の事実上すべての併合を申し出る、空前の土地交換を提案した。

 しかし、イスラエル政府は代わりの譲歩を申し出なかったばかりでなく - パレスチナ文書が今、明かすように - さらに攻撃的土地交換で応じた:イスラエル首相、エフード・オルマートは、ガザ回廊と西岸沿いの人口まばらな農地と引き換えに、西岸のさらに10%以上(マアレ・アドミン、アリエル、他の主要入植地を含む)の併合を望んだ。

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 イスラエルの申し出は、その表現がパレスチナ文書で初めて明かされる「ナプキン・マップ」と口語的に呼ばれるパレスチナ翻訳に記録される。

 オルマートは、2008年半ば、マフムード・アッバスに会い、提案交換地図を彼に示した。アッバスは、地図のコピーを貰えなかったので、73歳のパレスチナ大統領は、ナプキンに描き取らなければならなかった。

(略)

2011123131317780811_9.png

全文:AlJazeera

 届くニュースのすべてが、AlJazeeraが入手した「パレスチナ文書」に関するものと言っても過言でない。「パレスチナ文書」「パレスチナ文書」「パレスチナ文書」だらけ。とりあえず「関連記事」は省略して速報ということで...
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家屋破壊でロッドに新パレスチナ難民キャンプ

2011年01月19日水曜日
Tania Kepler for the Alternative Information Center (AIC)

テルアヴィヴの南東15キロメートル、イスラエル・ベングリオン国際空港の隣に難民キャンプはある。74人が、ロッド市のアブ・エイド・キャンプでテントに住んでいる。

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パレスチナ大家族が今、かつて家々の中で眠った同じ場所のテントで眠る。

 ロッドは歴史的場所で、紀元前5600-5250年に遡る。都市住民は、ローマ、アラブ、十字軍、オスマン帝国、イギリス委任統治を通して生きた。今日、ロッドは、高い犯罪割合と薬物使用で知られる分割された都市だ。2010年、住民は6万9500人を数え、およそ3分の1がパレスチナ人である。

 これはしかしながら、いつもそうだった訳でない。 イスラエル国と1948年のナクバ以前、それは、港湾都市、ヤーファから遠くない、小さな平和なパレスチナの町であった。

 19世紀半ば、アメリカ人宣教師、ウィリアムM.トムソン博士がロッドを訪れたとき、彼は「2,000人ほどの住民の、オリーヴ、イチジク、ざくろ、桑、スズカケ、他の樹木の見事な果樹園に囲まれた繁茂する村は、大変肥沃な近隣にすべての方向を囲まれている」と描写した。

「住民は明らかに勤勉で、繁栄しており、そして、こことラムレの間のいなか全体が、彼らの繁茂する果樹園でしっかり満たされている」とトムソンは書いた。「収穫の初期に呈されたこれより喜ばしい田園風景をみることはまずない... 鑑賞されるため、それは、見られ聞かれ味わわれなければならない」。

 都市の美と平穏は、長くは鑑賞されなかった。1948年7月、イスラエル軍は、ロッドに突進した。兵士らは、通りの人びとを撃つよう命ぜられ、何百人ものパレスチナ人が殺された。ロッド住民の殆どは、ラマッラのような都市へと逃れた。ほどなく、シェルターを求めて、国の他の地域からの難民家族たちが到着した。

 アブ・エイド一族も、そのような家族のひとつだ。彼らは、1950年代、北部の村から到着し、家を建設し、生活を営んだ。彼らが、共同体を再建し、確立するため努める一方、イスラエル政府は、新ユダヤ移民の入植の場所として、ロッドを使い始めた。今日、この都市の住民の33%は、国に新たに到着したものたちだ。

 2010年12月13日、イスラエル土地当局 (ILA) は、ブルドーザと何百人もの警察官で武装してロッドに到着、アブ・エイド家の敷地に入り、家屋6棟とオフィスビル1棟を破壊した。子ども54人を含む74人が、ホームレスとなった。

(略:イスラエル国内でのパレスチナ人からの土地強奪の構造は被占領地と変わらない)

全文:The Alternative Information Center
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2011年01月24日

エレカット:リーバーマンの報道されたパレスチナ国家の地図は「悪ふざけ」

2011年01月23日

Army Radioとの談話で、パレスチナ自治政府交渉者チーフは、和平会談復帰を促し、パレスチナ国家は現れつつあり、それについてイスラエルができることは何もないと付け加えた。

 外務大臣、アヴィグドール・リーバーマンの暫定的パレスチナ国家の地図の草案は、「捏造で悪ふざけ」と、その日早くのHaaretz報道に続き、パレスチナ交渉者チーフ、サーエブ・エレカットは、日曜日、Army Radioに語った。

 日曜日、Haaretzは、アヴィグドール・リーバーマン外務大臣が、基本的に「少々の変更で、領域の現状を凍結するだろう」暫定的境界内のパレスチナ国家の地図を作成したと語る、上級外務官僚を引用した。

(略)

全文:Haaretz.com

先行記事:「リーバーマンの『解決策』:パレスチナは元来の土地の13%に住むことを強いられる」International Middle East Media Center
2011年01月23日日曜日
Saed Bannoura - IMEMC News

イスラエル市民権を持つパレスチナ人の「移送」を提唱する物議をかもす姿勢で知られる、イスラエル外務大臣、アヴィグドル・リーバーマンは、元来の土地の13%を占めるいくつかの続かない土地をパレスチナに残し、イスラエルの粗暴な部隊によりパレスチナ人から奪われた土地のすべてが、イスラエルの手に残るのを可能とするだろう、イスラエル-パレスチナ闘争を「解決する」彼自身の地図をつくり、そして、難民は国際的に承認された帰還権を阻まれるだろう。

     「リーバーマンが将来のパレスチナの境界の自身の地図を作成」Haaretz.com
2011年01月23日

「イスラエル市民権を持つパレスチナ人」とはイスラエル建国以前もパレスチナに住んでいたパレスチナ人、イスラエル建国で、殺されようとも自分の土地を離れないと決意したパレスチナ人とその子どもたち、孫たち、つい最近イスラエル人になったリーバーマンとは大地に根ざす時間が違う。もっとも、イスラエル内に残ったパレスチナ人も住んでいた土地家屋を奪われ、イスラエル内難民生活を強いられてきたのではあるけれど...
 リーバーマンの地図が「捏造と悪ふざけ」であるからには、細部を取りざたしても無意味だけれど、東エルサレムへの言及は避けているから、全部奪うつもりなのだろう、まあ、驚かないけど。東エルサレムへの言及を避けたこのような地図で、パレスチナに動いた国際社会を呼び戻そうと考えているなら「甘い」。国際社会が驚くような譲歩を考える頭は持っていなそうだ。
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オバマはイスラエル入植地を非難する国連決議で拒否権を行使しないだろう

アメリカ情報筋は、米国が、初めて、安全保障理事会でのイスラエル入植地建設の非難を控えないだろうと指摘する

Saleh Naami
2011年01月23日日曜日

 米国大統領、バラク・オバマは、国連安全保障理事会のイスラエル入植地非難決議に対し拒否権の使用に反対と、イスラエルメディアは報じた。

「オバマ大統領は、安全保障理事会に提出された、イスラエル入植地政策を非難する、いかなるアラブの決議に対しても拒否権の使用を望んでいない」と、アメリカ情報筋は、諜報に特化したイスラエルのウェブサイト、Tid Debakaに語った。

 情報筋は、西岸でのイスラエル入植地に対して、米国が拒否権を使用しない最初となるだろうと付け加えた。

(略)

全文:ahram online

関連記事:「米国元外交官たちからオバマに:イスラエル入植地を非難する国連草案を支持するよう」Haaretz.com
2011年01月22日

アーカイヴ:アラブ諸国が入植地決議草案提出を決定(01月21日)

 boycottilはHaaretzより早く、上記関連記事内容を掲載したことになる。アーカイヴの日付は01月21日だから。(アーカイヴの関連記事参照)
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