2011年01月02日

パレスチナ人7人が眠る家に入植者ら放火

SAMUEL NICHOLS
2010年12月31日


AtTuwaniProject

 2010年12月29日の早朝、入植者らが、スシヤ村で家族の住まいに放火する

 スシヤ住民の大多数は、彼らの歴史的石と洞窟の住まいが、イスラエル軍により何度か破壊されて以来、テントに住まう。現在使用されているテントの多くは、人道組織により提供され、それらに住まう家族の寝室、台所、倉庫、居間として機能する。

 パレスチナ村、スシヤは、手に負えない入植地と(入植)前哨基地、陸軍基地、古いシナゴーグに挟まれている。羊飼いは、彼ら自身の土地で自由に群れを放牧することも出来ず、農夫たちは、「軍事閉鎖区域」に設定された領域のため、小麦やオリーヴの収穫に、畑に到達することも出来ない (下のヴィデオ参照) 。辺りで最も卑劣な入植者と世評ある、ヘブロン南部の丘のイスラエル入植者らは、しばしば、その悪意ある攻撃を四方から囲まれるスシヤのパレスチナ人に向ける。


btselem

(略)

全文:Mondoweiss


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イスラエルがパレスチナ自治政府にPaz燃料窃盗スキャンダルで賠償

2010年12月31日金曜日

ラマッラ (Ma'an) -- パレスチナ自治政府によるイスラエル燃料会社、Paz Oilに対する燃料窃盗の訴訟は、イスラエル政府により解決されるだろうと、当局は木曜日に語り、損失はパレスチナ自治政府に賠償されるだろう。

(略)

全文:Ma'an News Agency

 賠償なんて珍しい、窃盗ばかりがイスラエルの文化の中で。
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ブラジルがアメリカ大陸初のパレスチナ「大使館」を迎える

2010年12月31日

パレスチナ自治政府大統領、マフムード・アッバスが、首都ブラジリアに将来の大使館の礎石を置く。
Reuters

 パレスチナ大統領、マフムード・アッバスは、金曜日、アメリカ大陸初の大使館を伴う国民国家承認をブラジルに感謝し、他の諸国が先例にならっていると語った。

 ブラジルは、最近数週間に、1967年以前境界に沿ったパレスチナ国家を承認するいくつかの南米諸国の最初となった。

 それ以来、アルゼンチン、ウルグアイ、ボリヴィア、エクアドルが、同じことをした。チリ、メキシコ、ペルー、ニカラグアが、承認を考慮していると報じられている。

 イスラエルは、動きが中東和平プロセスに「深刻に有害」と語り、ワシントンは、「時期尚早」と言ってきた。

(略)

全文:Haaretz.com

 イスラエルも米国も、馬鹿のひとつ覚えに「交渉」ばかり繰り返すけれど、その実入植地拡大を狙っていることは見え透いているのだから、彼らの言うことは聞き流して構わない。しかし、パレスチナはどんな国家になり得るだろう。シリアから強奪したゴラン高原さえ返却しないイスラエルだから、パレスチナが国家となったところで入植活動を止めるわけではないだろう。結局はボイコットを強化していくしかない。
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ビリン抗議者が催涙ガスを吸い込み死亡

2011年01月01日

ラマッラ (Ma’an) – パレスチナ女性が、金曜日、ビリンでの反壁集会で強烈な催涙ガスを吸い込み、土曜日午前死亡したと、医療筋は語った。

 ラマッラのパレスチナ医療筋は、ビリンのジャワヒル・アブ・ラフマ、36歳が、ラマッラ医療複合施設で死亡したと、語った。アブ・ラフマは、分離壁に抗議する非暴力集会を強制的に分散しようとしたイスラエル軍により発砲された多量の催涙ガスを吸い込んだ。

 地元民衆委員会は、医師がアブ・ラフマ救命のため一晩中闘ったと語った。彼女は、催涙ガスの効力ある原料により引き起こされた中毒を被ったと診断され、治療に応えることはなかったと、委員会は声明で述べた。

(略)

全文:Ma'an News Agency

関連記事:「ビリン報告とジャワヒル・アブ・ラフマとの出会い」Mondoweiss

AHMED MOOR
2011年01月01日

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ジャワヒル・アブ・ラフマは、やはりビリンでの平和的抗議行動で殺戮された弟、バシム・アブ・ラフマの隣に横たわる。(PHOTO: JOSEPH DANA VIA TWITTER)

 ビリンは昨日寒かった。 雨が降り、風と湿りがすべてを捕らえた。

 わたしたちおよそ1,000人 - パレスチナ人、イスラエル人、インタナショナルズ - は、村のアパルトヘイト障壁に抗議するため出て行った。イスラエル軍隊は、わたしたちが来ると知っていたので、慌ただしい検問所が、町の本道に急造された。(略)

 ユダヤ人民解放軍が、人びとをガス攻撃し始めるまで長くはかからなかった。失礼:イスラエル国防軍が、暴動分散手法を採用するまで長くはかからなかった。

 イスラエルは、2種類のガス・キャニスターを使用した。ひとつは、わたしが撮った短いヴィデオ(原文で)で見ることができる、こぶし大球根状のゴム発射体だ。それは着地前、むやみやたらに回転し方向転換を引き起こしながら、空気中にガスをまき散らし始める。その弾道はとても予測し難い。

 ふたつめの種類のキャニスターは、- 2009年にバシム・アブ・ラフマを殺した種類 - より致命的種類だ。それはまた、ユニフォームの若い至上主義者らにより気前よく使用される。昨日、25セント硬貨を積み上げたのより50パーセントほど大きい鋼鉄キャニスターが、直接抗議者たちに発砲された。それらの弾道は多少まっすぐだが、はるかに速くあなたに届く。
(略)

アーカイヴ:ビリン村のデモで(2009年04月18日)
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