2011年01月23日

東エルサレム、シルワンで衝突再開

2011年01月21日金曜日

シルワン、エルサレム (SILWANIC) -- イスラエル軍とパレスチナの若者との衝突は、今晩、Baten el Hawaとシルワンのブスタン地区で再開した。衝突で、パレスチナ人4人が、催涙ガスと音響爆弾をもまた使用した、イスラエル軍が発砲したゴム(皮膜)弾により負傷した。

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原文:Wadi Hilweh Information Center - Silwan


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シュアファトの衝突が3日目に入る

2011年01月21日金曜日

シュアファト難民キャンプ、エルサレム (SILWANIC) -- 暴力的衝突は現在、東エルサレムのシュアファトキャンプで進行中だ。対立はパレスチナ住民と、パレスチナ人住居の周りで催涙ガスを発砲したイスラエル軍の間に起こった。パレスチナ人7人がゴム(皮膜)弾により負傷した。

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分離壁近くのパレスチナ小学校

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分離壁を辿って学校から家路につくパレスチナの子どもたち

原文:Wadi Hilweh Information Center - Silwan

 シュアファト難民キャンプは旧市街に近い。エルサレム中心部で起こっていることなのだ。
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元ブレア補佐官:イギリスはネタニアフを信頼できないと考えていた

2011年01月20日

Guardianにより公開されたアリステア・キャンベルの1998年日誌抜粋で、イギリス首相の前報道チーフは、イギリス官僚たちが、ネタニアフを「装甲の大ぼら吹き」と呼んだと語った。
Haaretz Service

(本文翻訳省略:さほど意味はないので)

全文:Haaretz.com

 実は上の記事は、次の記事の導入として。

「イギリスは一方的パレスチナ国家を承認しないと閣僚語る」Haaretz.com
2011年01月20日

ヨルダン訪問での談話で、外務当局閣僚、アリステア・バートは、直接対話が、実行可能な二国家解決に達する唯一の方法と語る。
The Associated Press and Haaretz Service

 イギリス外務当局大臣は、木曜日、パレスチナ-イスラエル直接交渉のみが、平和を達成し得ると語り、イギリスは一方的に宣言されたパレスチナ国家を承認しないと付け加えた。

 イスラエルとパレスチナ領域の立ち寄りを含んだ中東ツアーを要約して、政務次官、アリステア・バートは、木曜日、ヨルダンで、イギリスは、イスラエルとの和平協定から出て来ないなら、パレスチナ国家を承認しないだろうと語った。

 パレスチナMa'an通信社との談話で、バートは、ロンドンが「首都も持たず国境も持たない国家を承認」できないと語った。

(略)

関連記事:「イギリスがパレスチナ承認でイスラエルに窮地を抜け出させる二重基準」Mondoweiss
NIMA SHIRAZI
2011年01月21日

 最近の何カ月かで、南米7ヵ国が「自由・独立・主権国家」としてパレスチナを承認してきた。

(略)

 数日前のパレスチナへの最初の公式訪問で、ロシア大統領、ドミトリー・メドベージェフは、独立パレスチナ国家へのモスクワの献身を再び断言した。「前世紀からわたしたちは、東エルサレムを首都とする独立パレスチナ国家設立を支持してきており、そしてまだ、支持している」と、西岸の町、エリコでの談話でメドベージェフは語った。

 これらの最近の展開への応答で、Ha'aretzは「イギリス外務局大臣が、木曜日、パレスチナ-イスラエル直接交渉のみが平和を達成し得ると語り、イギリスは、一方的宣言のパレスチナ国家を承認しないと付け加えた」と報じた。今日ヨルダンにいるアリステア・バート政務次官は、ロンドンが「首都もなく、国境もない国家を承認」できないと語った。

 イスラエルが、国際的に承認された首都もなく、国際的に承認された国境もないことを考えるなら、この皮肉は衝撃的だ。

(略)
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イスラエルが見捨てられたパレスチナ村を高級住宅プロジェクトに変える動き

2011年01月21日

リフタ村保存に打ち込むイスラエル人とパレスチナ人は、高級住宅212棟と小さなホテルを建設する計画を、その種の最後のアラブ村の死と名指した。
Nir Hasson

 ヤクブ・オデ、67歳は、エルサレム入り口で、それを取り囲む新たな地区と高速道路を忘れ、アラブ村、リフタの遺跡の中を歩く。彼は、その上に掘られている鉄道トンネルや、下に掘られている国の指導者たちのための秘密の逃げ道を見ない。

 オデは、村の入り口の「アラブ人に死を」の落書きや、だれか消したアラビア語版の名前を見ない。彼は、それがパレスチナ住民により見捨てられる前の、1948年3月まで存在した村と地域を見る。

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エルサレム入り口のアラブ村リフタの跡。
Photo by: AP

「アリ・バドゥル一家はここに住み、そしてここにはサラ・モハメッドの家」と彼は、リフタを歩きながら語る。彼にとって村は、よく知られた村の泉の周りに残って建っている家々に限定されない。彼にとって、その土地の上にラモトの新住宅(つまり入植地 - 訳注)が建設された、エルサレムのロメマ地区の家々の面影もまたある。それはまた、エルサレムの入り口で、今や超正統派教育機関として機能する、(かつての)村の学校だ。

「わたしのルーツはここにある。わたしの全精神はここに始まる。わたしは決して忘れることはできない」と、彼は語る。

 今や、村の残りは、場所の特別な性格の変更に脅かされる。2週間前、イスラエル土地行政は、エルサレムの縁の見捨てられた、高級住宅地区へのハイキングの場所として人気があるパレスチナ村を変容させるリフタ建設の公開入札を発表した。開発業者らは、家々を保存し、きちょうめんに修復すると公約した。計画は、家々がレストランやギャラリーになるよう求める。

 オデは、再開発計画を、アラビア語で「大災厄」、そしてパレスチナ人が1948年のイスラエル建国をめぐる事件を話すのに使う言葉、第2のナクバと呼ぶ。

(略)

全文:Haaretz.com

アーカイヴ:脅威下のリフタ遺産(2010年09月08日)

      パレスチナ村リフタを全面破壊から救おう(2009年11月30日)

「良質」といわれてもHaaretzはやはりイスラエルメディアだ。リフタはパレスチナ人が見捨てたのではない。1948年のイスラエル建国で、他の多くのパレスチナ村同様、殺戮され、あるいは殺戮で脅され、一時的避難のつもりのパレスチナ人は、イスラエルにより、二度と帰還を許されなかったに過ぎない。パレスチナ人が避難した後、イスラエルは、パレスチナ人が戻っても家屋として使用できないよう屋根を破壊している。まず追い出し、そして国際法違反の悪名高い「不在者財産(没収)」法により土地を強奪する。それが1948年以来、休むことなく今日まで続いている。
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宗教省がイスラエルによるエルサレムの新アパルトヘイト壁を警戒

2011年01月20日

ガザ、(PIC)-- パレスチナ宗教省は、被占領エルサレム市周辺で、イスラエルが現在建設に従事する隔離壁は、およそ10万人のパレスチナ先住民を、聖都から、壁の陰に住むことに孤立させると語った。

 水曜日のプレスリリースで省は、副参謀長、Yair Navehにより承認された計画によれば、イスラエル占領当局 (IOA) は、1年以内に壁建設を終えるだろうと述べた。

(略)

全文:The Palestinian Information Center
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