2011年05月19日

イスラエル発砲によりシリアとレバノンの境界で12人が死んだとされる

2011年05月15日日曜日

エルサレム (AFP) -- パレスチナ人が彼らの家からの追放63周年を記した、日曜日のシリアとレバノンの境界での事件で、最大12人が、イスラエル発砲により殺されたとされる。

他の報告が4人が殺戮されたと述べる中、シリアの抗議者たちが、被占領ゴラン高原に入った後の砲火で、2人が殺され、4人が重傷と、彼らを手当てしたドゥルーズの医師はAFPに語った。

シリアゴランの抗議者たちは、イスラエル軍を空中への発砲と催涙ガス使用に駆り立てた、イスラエルが支配する高原の半分との境界を破ったと、イスラエル国防情報筋は語った。

(略)

ドゥルーズの境界の町、マジュダル・シャムスの地域医療センタースタッフは、男たちのひとりは頭を撃たれ、他は胸を撃たれたと語った。彼らは、軽傷から中程度まで他の20人を治療したと語った。

(略)

国際連合は、イスラエルにより不法に併合された領域をパトロールする。境界により切り離された家族間の訪問を殆ど不可能にし、国境検問所は、イスラエルとシリアの間で閉じられたままだ。

(略)

部隊はレバノンの抗議で難民に発砲する

イスラエルの砲火は、レバノンとの国境で、10人を殺戮し他の112人を負傷させたと、レバノン南部の医療筋は、以前の死傷者数を訂正しAFPに語った。

現在イスラエルとなった彼らの家への帰還権を求め、イスラエル国が創設された1948年の地域からの彼らの追放を非難する、主要にパレスチナ難民、何千人もがデモンストレーションしたと、レバノン治安担当官は語った。

イスラエル軍事声明は「暴徒何人かが、国境フェンスを破り、イスラエル領への潜入を試みた」と述べ、兵士らが「威嚇射撃」で応答したと言及した。

(略)

全文:Ma'an News Agency

関連記事:「レバノンのパレスチナ人がイスラエル発砲の犠牲者を埋葬」Ma'an News Agency

2011年05月16日月曜日

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パレスチナの女たちが、レバノン南部の港湾都市、シドンに近いアイネル-ヘルウェ難民キャンプの葬列で嘆く。キャンプの後に残されたパレスチナ人何千人もが、国境を越えたイスラエル砲撃の犠牲者を休ませるため横たえた一方、キャンプの店舗と学校は追悼のため1日閉じられた。 [AFP/Mahmoud Zayat]

ティルス、レバノン (AFP) -- キャンプの店舗と学校は追悼の日のため閉じられ、後に残された何千人ものパレスチナ難民たちは、月曜日、その日早く国境を越えたイスラエル砲撃の犠牲者たちを休息のため横たえた。

アル-バス難民キャンプで、パレスチナ人がナクバの日を記して集まったレバノン国境で、イスラエル軍により射殺された抗議者10人のひとり、17歳のモハメド・サーレムの埋葬のため、何千人もが集まった。

(略)

    :「国連がナクバの日の死で自制を求める」Ma'an News Agency

2011年05月16日月曜日

ニューヨーク (Ma'an) -- 国連事務総長、バン・キムンは、パレスチナ人がナクバの日を記して、その領域中での平和的抗議行動に対するイスラエルの反応に「厳密に注目」してきたと、月曜日、国連中東使節の声明は述べた。

バンは「著しく多くの人びとが殺戮され負傷したことを深く懸念する」と、Richard Miron使節の報道官は、声明で述べた。

(略)

 最初の記事、原文にアクセスすると読むことができるコメントに「ことば選びがなんだかね」とある。3本ともMa'anの記事だけれど、上の2本はAFP、Agence France-Presse、フランスの配信社だから、まあ、このようなことば選びになる。ヨーロッパのものであったユダヤ人問題をアジアに投げ込んだ、フランスもまた共犯者であった訳だから...


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赤三日月社:ナクバ抗議行動でひとり死亡、182人負傷

2011年05月15日日曜日

ラマッラ (Ma’an) -- パレスチナ人ひとりが殺され、182人が負傷、そして149人が催涙ガス吸入の影響を被ったと、パレスチナ赤三日月社は、日曜日のイスラエル軍により負わされた負傷に関する詳細報告で述べた。

負傷は、赤三日月社医療関係者に扱われたもので、その範囲で記載されたと報告は述べ、ガザ回廊で最も高い負傷者数と言及した。

(略:負傷の詳細)

全文:Ma'an News Agency

関連記事:「ナクバを記すガザでの抗議行動で十代が殺される」Ma'an News Agency

2011年05月15日日曜日

ガザ市 (Ma'an) -- 日曜日、イスラエルとの国境、分離フェンスとエレツに向けたガザでのパレスチナ行進で、イスラエル発砲により、身元不明の18歳が殺され、他の125人が負傷した。

およそ1,000人と見積もられる集団は、1948年のイスラエル国家宣言に伴った、家々、村々からのパレスチナ人追放を記念して行進した。行進は、イスラエル境界に向かって、ガザ北部の町、ベイトハヌーンで始まった。

(略)
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11歳の少年が地雷で負傷

2011年05月13日金曜日

今日地雷が、タイヤシールとアル-マレの間、アル-ブルジュで爆発、11歳のパレスチナ人少年、ウフセイン・エカブ・アブアラヤが負傷した。(略)

アル-ブルジュは、ヨルダン渓谷の38%がそうであるように軍事訓練地域だ。

子ども10人以上が、1967年のイスラエルの占領開始以来、ヨルダン渓谷の地雷により殺されてきた。

全文:Jordan Valley Solidarity

関連記事:「イスラエル軍がヨルダン渓谷牧草地を焼く」The Palestinian Information Center
2011年05月14日

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エリコ、(PIC)-- イスラエル軍は、その地域での軍事演習で、ヨルダン渓谷の放牧地、何百ドナムをも焼いた。

ヨルダン渓谷北部、マリ地区での軍事訓練は、牧畜用地何百ドナムもの焼失に繋がったと、地元住民は報告、軍が重機を使用し、いくつかの砲弾を撃ったと付け加えた。

(略)

イスラエル軍は、広大なヨルダン渓谷を軍事閉鎖区域と宣言した。渓谷は、ベドゥインアラブ人1万5000人ほどの家である。

(略)
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東エルサレムの衝突で受けた負傷でパレスチナの十代死す

2011年05月14日

ミラード・サイード・アイヤシュ、17歳は、金曜日、シルワン近くの暴力的衝突で、腹を撃たれた;警察は、更なるデモンストレーションが予想され、エルサレム中に大量に配備する。
Nir Hasson and Avi Issacharoff

東エルサレム、シルワン地区近くで、イスラエル治安部隊との衝突で金曜日に撃たれたパレスチナの十代は、土曜日午前、負傷で死んだ。更なるデモンストレーションを予想し、イスラエル警察が都市中に大量に配備された。

ミラード・サイード・アイヤシュ、17歳は、金曜日、腹を撃たれた直後、危篤状態で、東エルサレム、アル-ムカッサド病院に入院した。医師たちは、到着した時、彼には脈がなく既に多量に出血していたと語った。

パレスチナ活動家は、アイヤシュが、伝えられるところでは、東エルサレムのBeit Yonatan近くの警備員により撃たれたと、Haaretzに語った。左翼活動家たちは、ここ数年間緊張が高まる場所であった地区に向けて火炎瓶が投げられた後、ガードが、彼を撃ったと語った。

活動家たちは、手術で彼の傷から取り出された弾が、イスラエル国防軍兵士らと対照的に、警備員らにより支配的に使用される、ライフルでなく銃からのものだったと付け加えた。

(略)

全文:Haaretz.com

 Haaretzは、イスラエルメディアの中では「良心的」とされているが、広く読まれる英語紙としては曖昧にしておく意図も読み取れる。例えばBeit Yonatan、エルサレム界隈、あるいはパレスチナ/イスラエルを除けば、これを入植地とどれだけの人が知り得るだろう。だから関連記事が必要になる。

関連記事:「ヴィデオ:17歳が東エルサレムのナクバデモンストレーションで殺戮」Joseph Dana

(略:Haaretz記事参照)

イスラエルは、未成年者がイスラエル治安部隊に撃たれたと主張しているが、現場の目撃者と活動家たちは、シルワン中心の大入植地、Beit Yonatan周辺の民間入植者警備員により、彼が撃たれたと主張している。民衆闘争調整委員会によると、アイヤシュの腹から摘出された弾丸は、ピストルのものと認められた。このタイプの弾丸は、群衆支配状況でイスラエル警察により使用されることは殆どない。弾丸はしたがって、若者が、入植者警備員のひとりにより撃たれたという可能性を示す。

(略)
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ナビ・サレ 2011年5月13日

2011年5月13日


tamimi1966

 画面クリックでYouTubeにアクセスする。なぜか年齢制限がかかっている。イスラエルにとって都合が悪い映像らしい。なにしろ「世界一道徳的軍隊」と宣伝しているから... まあ、原発を「絶対安全」としてきたのと似ている。
ラベル:イスラエル兵
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2011年05月18日

パレスチナ人何千人もがイスラエルで帰還の行進

Jillian Kestler-D'Amours
The Electronic Intifada
2011年05月13日

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イスラエルのパレスチナ系市民が例年の帰還行進に参加、2011年5月10日 (Jillian Kestler-D’Amours)

5月10日、国家独立を記す国粋主義的パーティとフェスティヴァルがイスラエル中で開催された時、パレスチナ人とその支持者たち数千人は、彼らの先祖の村々、家への帰還権を求めて、ガリラヤで彼ら自身の記念を開催した。

「この日は国の独立記念日だが、また、パレスチナ民衆にとってナクバの日でもある」と、行進を組織した集団、イスラエル国内強制退去者権利委員会総代、ワーキム・ワーキムは説明した。

帰還行進参加者たちは、今や14年目となる、イスラエル北部、アクレ(アッカ)から遠くないふたつの元パレスチナ村、al-Damunとal-Ruwaysの間を歩いた。両村は、ナクバで破壊された。

(略)

全文:The Electronic Intifada
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彼らの独立はわたしたちのナクバ;木曜日にパレスチナ人何千人もが行進

2011年05月12日

Munjed Jadou – PNN Editor in Chief- 彼らの独立はわたしたちのナクバである。それが、今年の抗議に選ばれたスローガンである。西岸やガザ回廊の主要都市同様ベツレヘムで;学童、教師たちや政治家、同様に宗教指導者たち;ムスリム、クリスチャンどちらもが、パレスチナ内外の難民、今日470万人の帰還権を主張して行進した。

(略)

全文:Palestine News Network

関連記事:「PLO職員:帰還権は譲歩しないだろう」Ma'an News Agency

2011年05月13日金曜日

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ラマッラ (Ma'an) -- パレスチナ難民が彼らの家に帰還する権利は譲歩しないだろうと、PLO職員、ザカリヤ・アル-アグハは木曜日に語った。

PLO難民業務局のトップ、アル-アグハは、誰も、1948年の国連決議194で安置された難民帰還権を否定する権利はないと語った。

決議を発行したにも拘らず、国際社会は、63年間、世界中に四散させられた、1948年に追放されたパレスチナ人の帰還を促進してこなかったと、アル-アグハは言及した。

(略)
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