2011年05月17日

パレスチナがナクバ63周年記念

2011年05月12日木曜日

独占写真

ガザのイスラーム大学は、ナクバ(パレスチナ大災厄)63周年を記念する、彼らの土地からの、繁栄の村々からの、騒がしい都市からの、パレスチナ人の強制移住と追放が描写された様々な写真と漫画の展覧会を主催した。ナクバで、パレスチナ人が被った全国的大虐殺、殺戮、テロリズムは、今日のパレスチナの物理的・社会的景色に永続的影響をもたらしてきた。

子どもたちは、パレスチナの子どもたちすべての、彼らの両親や祖父母の家への帰還権を意味するプラカードと大きな鍵を掲げ、ガザ国連本部からイスラーム大学までの象徴的行進で、展覧会を開いた。プラカードは、彼ら家族の元来の町の名「に、わたしたちは帰還する」とのメッセージを含んだ。イスラエルが、彼らのいわゆる「独立記念日」とシオニスト国家、イスラエル設立を祝った時、子どもたちは、伝統的パレスチナの衣装をまとい、「わたしたちは帰還する」と書かれた鉢巻きを着け、パレスチナ旗を振った。

(略)

全文と画像7点:Middle East Monitor


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PCBS:「10年間でイスラエル発砲によりパレスチナ人7000人以上が殺戮される」

2011年05月13日金曜日
Saed Bannoura - IMEMC & Agencies

木曜日、パレスチナ中央統計局 (PCBS) は、過去10年間で、被占領パレスチナ領域で、パレスチナ人7000人以上が、イスラエル兵士や入植者らにより殺戮されたと述べる報告を発表した。

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軍発砲で殺戮されたパレスチナの子どもたち - ファイル

PCBSは、2000年9月29日から2010年12月31日までの期間で、パレスチナ人7342人が、殺戮されたと述べた。

報告は、2009年の終わりまで、西岸でのイスラエルの発砲により殺戮された2183人を含み、イスラエルの発砲により殺戮されたパレスチナ人の数は、7235人に到達したと述べた。

西岸で殺戮された2059人が男で、124人が女だ。ガザ回廊では、軍によりパレスチナ人5015人が殺戮され、4601人が男で、414人が女だ。死者の残りは、1948年領域(イスラエル建国以前の領域、つまり、現在イスラエルと呼ばれる領域 - 訳注)である。2009年は、2002年に殺害された1192人と比較し、イスラエル兵士らがパレスチナ人1219人を殺戮した最も血にまみれた年だった。

トルコの平和活動家9人を含む107人が、2010年にイスラエル軍発砲により殺戮された。

(略)

全文:International Middle East Media Center
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トルコのエルドアン:ハマースはテロリスト集団でなく政党である

2011年05月12日

出現した統一内閣についてのCharlie Roseとの談話で、トルコ首相は、パレスチナ和解が、中東平和達成途上に必要なステップと語る。
Haaretz Service

ハマースはテロ組織でないと、トルコ首相、レジェップ・タイイップ・エルドアンは、彼が、最近調印されたパレスチナ和解協定は、中東平和に向けた本質的段階であると感じたと、水曜日、米国TVとのインタヴュで語った。

(略)

「とても明確なメッセージを与えさせてください、わたしはハマースをテロ組織と見ていない。政党として出現した政党としてイメージされた - ハマースは政党だ」と、エルドアンはCharlie Roseに語り、付け加えた:「それは占領下、国家防衛を試みる抵抗運動だ」。

さらに進め、トルコ首相は、世界が「選挙に加わったそのような組織とテロ組織を混同」すべきでないと語り、ハマースは「選挙で勝利し、大臣たちを抱え、そして、イスラエルにより投獄された、大臣と議会議員35人ほどがイスラエル刑務所にある、議会議長を抱える」と付け加えた。

「テロはどこにあるのか? 彼らは選挙に加わり、そして選挙後、彼らがいかに行動したか、つまり、彼らをテロリストと呼ぶことは、これはパレスチナ人民の意志への無礼となるだろう」と、エルドアンは付け加えた。

(略)

全文:Haaretz.com

 小党乱立で常に連立政権のキャスティングボードを握るイスラエルの極右宗教政党と比べるなら、ハマースははるかに政治的組織、「テロ組織」としては、イスラエルに遥かに及ばない。ニッポンにもあったっけ、宗教政党。政党でないまでも宗教を票田に当選した都知事もいたっけ。
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2011年05月16日

「人であれ」コンヴォイがガザ入り

2011年5月12日| Vik2Gaza

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ヴィットリオがガザ海岸からの船でパレスチナ旗を振る

今朝夜明けにカイロを出発して、エジプトの5つの検問所を通過し、「人であれ」コンヴォイの活動家80人が、午後4時にガザに入った。

コンヴォイは、イスラエル軍事占領への抵抗を日々試みるパレスチナ人民と会うため、5月17日までガザ回廊に留まるだろう。コンヴォイはまた、5月14日と15日の間開催されるヴィットリオの死から30日目と、パレスチナ大災厄の日、ナクバの記念に加わるだろう。

(略)

全文:International Solidarity Movement
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2011年05月15日

ワラジャ住民に破壊警告

2011年05月13日

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2006年12月12日、ベツレヘムに近い西岸の村、アル-ワラジャでイスラエル軍により破壊された家屋の瓦礫をパレスチナ人が点検 [MaanImages/Fadi Tanas]

ベツレヘム (Ma’an) -- 進行中のイスラエル分離壁建設に最も近い村、アル-ワラジャの7家族に、破壊命令が渡された。

村議会議員、アデル・アル-アトゥラシュは、命令は水曜日の夜渡され、住民は、破壊過程を止めるため、裁判所に訴えるための72時間を与えられたとMa'anに語った。

(略)

全文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:ベツレヘム地域のアル-ワラジャ村が間もなく分離壁で完全に囲まれる(05月11日)
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イスラエルが「ヨルダン渓谷資源搾取」

2011年05月12日

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パレスチナの男が西岸の村、ヨルダン渓谷のアル-アウジャ郊外の干上がった土地に座る。[AFP/Jonathan Nackstrand]

エルサレム (AFP) -- イスラエルは、パレスチナ人より入植者らへの助力で、組織的に被占領西岸、ヨルダン渓谷の資源を搾取してきたと、イスラエルの人権団体は、木曜日、語った。

B'Tselemによる報告は、イスラエルが、領域の事実上の併合の前兆と見える、西岸の東側面に沿って走る帯状の土地に沿った、土地、水源、そして観光地さえ支配したと述べた。

(略)

「イスラエルは、引出した水の殆どすべてを入植地に割り当て、その領域の水源の殆どを没収してきた」と、そのような行為は、占領地内の天然資源搾取を禁止する国際法に違反すると非難して、報告は述べた。

B'Tselemは、西岸のパレスチナ住民、250万人にアクセス可能な水の1/3に匹敵する水の割当に預かるので、そこに住むユダヤ人入植者、9,400人は、集約農業を開発できると語った。

(略)

報告はまた、死海北岸のような主要観光名所を含む、その地域の土地の77.5パーセントを支配下におくとして、イスラエルを非難した。

(略)

全文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:ヨルダン渓谷のイスラエル併合がパレスチナを搾取して干上がらせる(2010年10月02日)

 土地や資源を奪い入植地を建設することは国際法違反と、何十年も言われ続けてきたけれど、イスラエルに制裁が課されることはなかったから(まあ、イスラエルの制裁決議には常に米国が拒否権を行使してきたからだし、それ故、世界市民によるイスラエル・ボイコットが展開されているのだけれど)、年ごとに臆面もなくあこぎになってきている。1999年、パレスチナは独立することになっていたが、一方的独立宣言はすべきでないと欧米の圧力を受け(当時の自民党政権も、パレスチナ独立に対する米国の反対表明の後、米国の表明と一字一句同じ「反対」を表明したものだった)、パレスチナ独立は一年先延ばしされることになった。しかし翌年は平和への機運が弱まり、イスラエルの暴虐を目の当たりにしたヨーロッパ諸国は「去年、パレスチナを独立させておくべきだった」と後悔した。ドイツのメルケルは、今年9月に予定されているパレスチナの「一方的独立宣言」に、既に反対の意向を表明しているが、反対するならするで、イスラルによるさらなる土地・水源の搾取を許さないだけの措置を講じてもらいたい。来年になってから「去年、パレスチナを独立させておくべきだった」などと、前回と同じいい訳は聞きたくない。
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2011年05月14日

イスラエルがパレスチナ人14万人の在住資格をひそかに取り消したことを認める

2011年05月11日

Haaretzにより入手された文献は、1967年から1994年まで、外国に旅行したパレスチナ人の多くから、伝えられるところでは警告も無しに在住資格が引きはがされたと明かす。
Akiva Eldar

Haaretzが入手した新文献で、イスラエルは、1967年から1994年まで、西岸パレスチナ人14万人の在住資格を取り消すため、ひそかな手順を用いたと、ユダヤ・サマリア(西岸のイスラエルの呼び名 - 訳注)法務省事務所法律顧問は認める。文献は、個人保護センターが、情報公開法の下、要望書を提出した後に書かれた。

文献は、手順が、1967年から1994年までの間、外国に旅行した西岸のパレスチナ住民に用いられたと述べる。西岸の占領からオスロ合意調印まで、ヨルダン経由で外国に旅行しようとしたパレスチナ人は、アレンビー橋国境検問所に身分証明書を残すよう命じられた。

彼らは、通過を許すカードと身分証明書を交換した。カードは3年間有効であり、その都度もう1年を加え、3回更新できた。

仮にパレスチナ人が、カード使用期限の6カ月以内に戻らないなら、彼らの文献は、地方国勢調査管理者に送られただろう。期限まで戻らなかった住民は、「もはや住民でない」として登録された。文献は、パレスチナ人が過程に関して受けるいかなる警告や情報にも言及していない。

(略:長い)

全文:Haaretz.com
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