2011年08月11日

イスラエル看護学校がロシア語とアラビア語で話すことの禁止を撤廃

2011年08月09日

アシュケロンの看護学校は、学生たちに、校庭で「外国語での会話絶対禁止」と告げる;保健省は、学校に命令撤回を通告
Jack Khoury

保健省は、市立Barzilai医療センターの一部、アシュケロンの看護学校に、キャンパスでヘブライ語以外のいかなる言語で話すことも学生に禁じた命令を撤回するよう通告した。

看護学校と省のレターヘッドの書簡紙に印刷され、学校管理のスタンプのある命令に読める:「学生諸君、学業と学校廊下で、外国語で会話することを絶対に禁止する。学校の公用語はヘブライ語である」。

1683114608.jpg
掲示は、外国語での会話がキャンパスで厳密に禁じられると述べる。

学校の学生250人の大部分が、国南部からで、より小さな数がイスラエルの中部と北部から来ている。学生の多くが、ロシア語か他の東欧言語を話し、かなり多くがアラブだ。

匿名を求めたある学生によると、指示は、およそ2週間前に掲示され、学生から多くの怒りの応答を引き出した。

(略)

学生何人かが、彼らの携帯電話で発表を写真に撮り、画像を公表したが、Haaretzが介入するまで、問題は保健省に届かなかった。市民権の弁護士たちは、命令が、表現の自由の合法的権利に明らかに反するとHaaretzに語り、そのような禁止を明らかに禁じる司法高等裁判所の裁定で、アラビア語が国家の公用語であると指摘した。

(略)

全文:Haaretz.com


posted by mizya at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人権集団がアル-ビッレ市長の娘の解放を求める

2011年08月09日

ベツレヘム (Ma'an) -- パレスチナ囚人人権集団は、火曜日、イスラエル当局により、告発なしに1カ月捕らえられてきた、アル-ビッレ市長の娘、ブシュラ・アッタウィルの解放を求めた。

イスラエル軍は、2011年7月6日、アル-ビッレの彼女の家族宅を襲撃し、アッタウィル、18歳を逮捕した。

彼女の逮捕に説明はなく、1カ月以上も経って、彼女はいかなる犯罪でも起訴されてこなかったと、パレスチナ囚人人権ネットワーク、UFreeは語った。

(略:アーカイヴ記事参照)

全文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:Ufree:市長の娘に対して提出の新告発を非難(08月01日)
posted by mizya at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イスラエル考古学者トップがユダヤ人のエルサレムとの結びつきに論戦

2011年08月08日

被占領エルサレム、(PIC)-- イスラエル考古学者トップ、イスラエル・フィンケルシュタインは、市の継続的ユダヤ化に駆り立ててきたイスラエルの主張とは反対に、エルサレム市のユダヤ人ルーツ存在を否定した。

テルアヴィヴ大学教授、フィンケルシュタインは、ユダヤ人考古学者らが、トーラの物語の幾つかを支持する史跡を掘り起こしそびれてきたと語った。それらの物語の中に、ユダヤ人出エジプト記、シナイ砂漠をさまよった40年、カナーン人に対するジョシュアの勝利がある。

彼はまた、主張されるソロモン神殿が存在したと断定する考古学的証拠はないと語った。

テルアヴィヴ大学考古学教授、ラファエロ・グリーンバーグは、彼の部分で、イスラエルが、東エルサレム、シルワン地区の「ダヴィデ市」で6週間掘った後、何かしら見つけなければならなかったが、2年間の継続的発掘で何も見つけなかったと語った。

(略)

全文:The Palestinian Information Center

アーカイヴ:Elad守衛らがシルワンの泉支配を強める(01月26日)
posted by mizya at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ガザで:他のGilad Shalits

2011年08月08日
Johnny Barber

「親愛なるジョニー:

「ガザにいる間、Gilad Shalitを訪問してください。彼は、5年前、ガザの外から誘拐されたイスラエル兵で、国際法に反し、赤十字や赤三日月社を含む誰の訪問もなく、ハマースに捕らえられてきました。わたしは、あなたがすべての人権に関わると信じ、そして、この小さな仕草は、あなたの小艦隊を手配するマグニチュードと比べ、かなり簡単な筈です。わたしは、Giladがよく扱われ健康でいると証明する、あなたのヴィデオか写真か音声記録と出会えるのを愉しみにしています。」


ガザ周辺を旅したときかなりしばしば、わたしは、Shalitについて考えた。電子メールの送り主は、囚人、あるいは彼の状況を、わたしが知らないと決めてかかったが、それは本当でない。わたしは、彼が捕らえられたとき、彼がまだティーンエイジャーだったと知っていた。わたしは、彼が戦闘員 - ガザ境界の戦車の砲手だったと知っていた。わたしは、彼が誘拐されたのでなく、捕虜にされたと知っていた。

(略)

ガザでさえ、Shalitの名前はしばしば上る。 わたしは、毎週月曜日、ICRCの外で開催された囚人家族の毎週のデモンストレーションに出席した。母たち、父たち、妻たち、子どもたちが、イスラエルに、何カ月も、何年も、ひとによっては何十年も、投獄された愛するひとたちの写真あるいはポスターを掲げた。紳士は、わたしが米国からと認め、皮肉に言った「これらの人びとは、囚人がひとりしかいないと知らないのかな? 彼の名前はShalit」。

1967年以来、パレスチナ人70万人が、イスラエルにより「拘束」されてきた。現在、7000人が投獄される。彼らの37人は女;彼らの300人以上が子どもたちだ。

わたしが、ガザ市の拘留者省を訪ねたとき、わたしは、そのような省が必要な世界の他の地域を名指すよう、大臣により挑まれた。大臣は、イスラエルが、告発のないまま、証拠が隠され、審理が不正に操られる軍事法廷を通して、実に多くの人びとを投獄するので、これがパレスチナに特定の問題と説明した。多くが強要された自白で有罪を宣告される。大臣の姿勢は、囚人すべてが、Shalitを含み、敬意と尊厳で扱われるというものだった。

わたしは、ICRCでの毎週のデモンストレーションを調整する省職員、Doa'aを通して、ウンム・アフメド(アフメドの母さん - 訳注)に紹介された。 ウンム・アフメドの19歳の息子、大学生は、1年間以上、イスラエルで投獄される。彼の物語は珍しくない。

アフメドは、2009年1月のカスト・レード作戦で重傷を負った。緩衝地帯近くの家族たちは、イスラエルに、支給品を得るため家を離れる許可を与えられた。ウンム・アフメドと彼女の家族は、家に戻っていた。家族の半数は中に入った。アフメドといとこ3人は、無人機が頭上に聞こえ、即座に2発のミサイル攻撃が続いたとき、戸口に留まっていた。アフメドといとこひとりが、容易ならざる負傷を負い、家のアルコーヴに吹き飛ばされた。アフメドの腹部は内蔵が飛び出し、片目と指何本かを失い、身体中の金属片による負傷で大量に出血していた。その地域に救急車はなかった。家族たちは、壊れた身体をすくい上げ、彼らを病院に運び込んだ。到着して、ウンム・アフメドは、彼女の息子が死んでいると告げられた。

アフメドは、その負傷にも拘らず、生にしがみつくことができた。緊急手術の後、彼は、彼を糖尿病患者とし、彼の人生の残りをインスリン注射に依存させる膵臓切除を含む、10カ月で10回の手術を受けた、エジプト、アル-アリーシュの病院に移送された。ガザに戻って、負傷した腕と手の、命を脅かす感染症を被り、家族は、ガザ外での付加的治療を探した。彼をヨーロッパに移送するのは不可能と判明したが、いくつかの試みの後、彼は、必要な治療のため、エルサレムに旅する許可をイスラエルから受けた。

(略:長い、アフメドはエレツ検問所で拘束され、感染症に苦しむ手に手錠される)

ガザ境界の戦車で任務遂行中、パレスチナ闘士により捕らえられたShalitと異なり、イスラエルは、イスラエルの手により被った負傷の治療を得る試みのアフメドを捕らえた。パレスチナ人の多くが「拘束」される、あるいは恐らくメールの送り主のことばがより適当、イスラエル兵らにより「誘拐される」、検問所で、彼らの車から、真夜中のベッドから、イスラエルに連れて行かれる。占領権力領域内の場所への拘束者の移送が、国際法下、違法にも拘らず、パレスチナ囚人のすべてが、現在、イスラエルに捕われる。

アフメドは、イスラエルが自供を引き出そうとして、38日間、調査下に捕らえられた。彼の負傷にも拘らず、彼は目隠しされ、手錠され、慣例のごとく薬物治療を否定された。彼は、38日間を通し、糖尿病性昏睡を被った。彼は自白しなかった。彼は、緩衝地帯でイスラエルの活動を監視しているとして有罪とされ、2年半の投獄を判決された。

(略:砲手、Shalitのごとく、700家族が、投獄の家族の訪問を否定される)

わたしは、Shalit訪問を果たすことなくガザを離れた。しかしわたしは、イスラエル刑務所にいる何千人ものGilad Shalitsに関する知識と共に離れた。多くが、アフメドのように、軍事作戦と関係ない。彼らは、彼らの戦車から引きずり出されたのでなく、彼らの車から、彼らのベッドから、彼らの車椅子からさえ、引きずり出された。数百人が子どもたちだ。彼らもまた、基本的な人道的配慮に値する。彼らもまた、礼儀正しく扱われ、健康が維持されるに値する。彼らの家族もまた、応答と考慮に値する。Shalitは、アメリカ人が聞いた唯一の囚人かもしれないが、彼はひとりじゃない。

全文:The Palestine Chronicle
posted by mizya at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。