2011年09月26日月曜日
Roi Maor
APは、国連でのアッバス演説の事実照合を試み、イスラエルの議論点への不十分な支持で、彼を非難して終えた一方、AP自身、一連の当惑させる事実誤認をしている一般的にわたしは、こう尋ねる人たちに共鳴する:「すべての話が『事実照合』の話であるべきとは限らないのではないか?」それでもなお、イスラエル・ジャーナリズムの頻繁な読者として、小さな支持を感謝し、英語メディアのジャンルの存在を評価すべきだ。しかし、事実を調査しないより悪い唯一のことは、自身誤っているのに、あえてそうすることである。それが、マフムード・アッバスの国連演説の事実照合を試みて、Associated Pressに起こったことだ。
前置きは控えめに言っても不運だった。APは、アッバスが「イスラエルにより異議を唱えられる語りを提出した」と主張した。通信社はそして、彼の主張のいくつかに「反論」を提示した。事実照合者は最低限、「事実」の定義を理解すべきである。事実は、論争する党派すべてに支持される主張でもなく(さもなければ、事実照合自体、不必要となろう)、また、反論なしの論争でもない(同上)。それは真実とする主張に過ぎない。APが、イスラエルの「語り」は常に真実と含意するのでないなら(ネタニアフ演説の相当する事実照合の脱落により、支えられた印象)。
驚かないが、彼らの主張に反し、APは、アッバス演説に、ひとつとして「事実として正しくない」声明を見つけることができなかった一方、彼ら自身の道半ば、かなり多数の「事実として正しくない」主張をしている。
占領:アッバスは、パレスチナ人が「世界で唯一の占領」下で生きると語った。APは、他の集団も、彼らが占領されていると語ると主張する。それら集団すべてはしかしながら、その圧制者により、公式に併合された領域に住み、また、彼らの生活を支配する国家の市民である。パレスチナ人は他方、軍令下に生き、市民権を持っていない。イスラエルは、彼らに責任を持つことも支配を手放すことも拒絶する。それが、世界で唯一の占領とするものである。
囚人:アッバスは、イスラエルにより捕われるパレスチナ人を「良心の囚人たち」と看做す。APは、その異様な方法に従い、これら囚人を暴力的危険人物とするイスラエルの視点に言及することにより、これに「反駁する」。しかし、事実は何か?(略:政治囚についての記事はboycottilでかなりの数、取上げているので)
聖地とガザへのユダヤ人コネクション:APは、基本的に、イスラエルの議論点をおうむ返しに言わなかったとアッバスを非難し、彼が語った不正確を何ひとつ見いだせない。
和平会談:アッバスは、パレスチナ人が「平和を信じる」と語った。APは、パレスチナが2つのイスラエル和平提案を拒絶したと述べる。それだけでそれは、出来事の非常に不正確な記述であるが、大丈夫:驚くことに、APは、2008年、同じ交渉で、イスラエルもまた、アッバスの提案を拒絶したと述べることを怠る。
入植地:APは、アッバスが語ったことに何も反駁せず、結局実際、彼の視点を強化する。
全文:
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APはさておき、イスラエル国内を含め多くの批評家、ライターが、ネタニアフ国連演説がどれほど嘘で塗り固められたものか書いている。APは逆に、アッバスのそれがない、と考えたのだろう。通信社としては見苦しい「思いつき」、しかしAPなんて所詮こんなもの、ニッポンの新聞は頻繁にAP伝を伝えるが、わたしは信用しない。
posted by mizya at 16:43|
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