2011年10月22日土曜日
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イスラエル当局は、東エルサレムのパレスチナ校に新たに検閲された教科書を押しつけようと試みている。ジャラール・アブハテルは、変更見本を提供し、パレスチナ遺産と歴史の検閲が違法で効果がなく危険であると論じる。生徒と父兄たちは抗議を準備している。検閲された東エルサレム教科書 (Photo: Jalal Abukhater)ジャラール・アブハテル
(略:長いので大幅に)
わたしは、JEA(エルサレム教育行政)により、1993年のオスロ合意署名以来使用されてきたパレスチナ教科書になされた修正の重要部分の報告のコピーを入手した。その報告は、1年生から10年生までで使用される教科書になされた殆どの変更をリストにする。
1. すべての教科書の表紙に印刷されていたパレスチナ自治政府のマークが削除され、エルサレム市自治体のマークに置き換えられた。
2. 検閲された教科書で、パレスチナ旗への言及と写真すべてが、6歳用のぬり絵帳からさえ、削除された。
3. 1年生の教科書でまた、家へ戻る女囚の話と、「自由の夜明け」についての詩が、検閲版から削除された。
4.ナクバ(「大災厄」意味し、1948年のパレスチナ離散/出国を指す)の言葉とパレスチナ人の帰還権の言及すべてが、美しき祖国への望郷を表現した、追放のパレスチナ詩人による詩を含め、削除された。パレスチナ景観の美に関する詩や歌、あるいはイスラエル検問所に言及する詩なども削除された。
5. 初期の歴史 - 何百年も前からの - も等しく検閲されている。4年生の教科書では、サラディンとハッティンの戦いについての物語が、明白な理由もなしに存在から削除された。同様に、ナポレオン侵攻でのアッコ包囲についての物語も削除された。
6. 実際、アッコ市の言及すべてが、アッコを「海の花嫁」と呼ぶ詩や、初めて都市を訪れる生徒たちの話を含め、削除された。さらに「アルクッズ」としてのエルサレムの言及すべてが削除された;エルサレム旧市街への見学旅行に関する2年生教科書の物語も削除された。
7. 占領軍としてのイスラエルのいかなる言及も、あるいは被占領都市としての東エルサレムも削除された。これは、1967年停戦ラインを超えた被占領パレスチナ領土でのイスラエル支配を主張することを意図する。更に、イスラエル内のパレスチナ人は、これ以上どこでも、パレスチナ人として呼ばれない。
8. 第一次・第二次パレスチナ反乱(インティファーダ)についての物語、歌、詩は、すべて削除された。ここに、JEAが暴力を煽ると非難する、削除された歌から、報告が引用するサンプルがある。翻訳:「エルサレムは、陰鬱な占領が萎れ、自由の快活を待ち望む」。これは報告で引用された歌の部分に過ぎない。
9. 8年生生徒の地理教科書で、パレスチナ環境汚染問題は、西岸の入植地により、パレスチナの村々に投棄される汚水に向けられる;この課全体が削除された。地理教科書すべてでまた、パレスチナ人の水危機に関する事実 - ヨルダン渓谷でのように、およそ8,000人の入植者が、西岸に住むパレスチナ人殆ど250万人より20倍以上の水を受け取るといった - は、新たな検閲教科書で完全に削除される。
10. 9年生、10年生歴史教科書では、殆ど全部が削除された。バルフォア宣言 (1917) の時からナクバ (1948) まで、生徒が見つめる空白のページを残し、パレスチナ問題に取り組む全課が削除された。
検閲された東エルサレム教科書のページ (Photo: Jalal Abukhater)(略)
全文:
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ニッポンの文部省(いや、文科省になったのだっけ)の教科書検定も悪名高い。この期に及んで未だ原発の「安全神話」を振りまこうとしている。東京電力原発事故を受けて、小学生サブ読本では「原発事故」とは言わない、「放射能事象」だったかどうか、ともかくも曖昧にしたいらしい。イスラエルにしろニッポンにしろ、これは滅びゆく兆候だ。教科書というのは使用する生徒・学生、教師が選択するもので、権力が検閲するものでないからだ。検閲をしなければ立ちいかないほどに、既にほころびているのだ。情報が世界中を飛び交う時代、教科書検定などあまりに前-近代的、時代錯誤も甚だしい。教科書を捨てよう!
posted by mizya at 13:35|
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