2011年10月25日

パレスチナ国家投票に関してMAARIV:「我々はガボンを失った」

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国連総会が分割案とイスラエル国承認を審議、1947年11月29日

共和党1950年代の古いシミ -「誰が中国を失ったか」- を、わたしに思い起こさせたヘッドライン、今日のMaarivのヘッドラインは:
エルサレムの恐れ:我々はガボンを失った

見たところ、ガボンの強い男は、ニューヨークの最近の国連総会で、彼と会ったビビ(ネタニアフ)によるふたつの申し出を拒絶した。アフリカの指導者は、ビビが、彼らの反対投票のためナイジェリアに提示した「おいしいもの」すべてを聞いてむっとし;彼は、イスラエルが彼の国に、何とちっぽけな申し出をしたものだと考えた。

Maariv記事は、自身でヘッドカウントし、パレスチナ自治政府が、承認に必要な9票にまだ1票足りないと見出す。しかし、それはボスニアを「ノー・カテゴリー」で数えている。わたしはこの専門家ではないが、その3分の1がムスリムの国家が、パレスチナに反対投票するなど道理にかなわないと思う。棄権なら、もっとあり得るだろう。しかし、棄権があってさえ、パレスチナ自治政府は9票を必要とする。それに失敗すると、決議に拒否権行使しなければならないことを望まなかった米国は、それによって、パレスチナ国家創設を支援する、我々の偽りの政策の完全なる偽善を示すことになるので、ほっと一息つくだろう。

わたしはまた、安全保障理事会が、パレスチナ自治政府の要請を考慮する日を、11月29日に移動させたことを、至って象徴的に思う。シオニスト歴史マニアは、国連がイスラエル国家承認を票決した1947年の重要な日としてこれを思い浮かべるだろう。国際機関がイスラエルを承認してから64年が経った。同様にパレスチナが承認されていい頃だ。64年は充分長い。

原文:Tikun Olam: Make the World A Better Place

 ニッポンを撤退させて中国を解放したのだから、米国は中国を「我々の陣営」と考えていたことだろう。蒋介石が台湾に逃れて、米国の期待は崩れ去った。まあ、撤退させられたニッポンは米国の陣営に下ったけれど...


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2011年10月24日

国連人権専門家:パレスチナの子どもたちがイスラエルによる逮捕・暴力を被る

2011年10月20日

パレスチナ領域国連人権調整官、リチャード・フォークは、イスラエル占領下に生きるパレスチナの子どもたちの保護で、国際ガイドラインを適用するようイスラエルに要求する。
DPA

国連人権専門家は、木曜日、イスラエル当局の手で、暴力と逮捕を被ると彼が主張する、西岸に住むパレスチナの子どもたちを保護する努力を増強するよう、国際社会に要求した。

国連総会への声明で、元ニューヨーク大学教授、リチャード・フォークは、西岸のパレスチナの子どもたちが、逮捕されたり暴力にさらされる固有の事件を引用した。

パレスチナ領域国連人権調整官は、イスラエル占領下で生きるパレスチナの子どもたちの保護で、国際ガイドラインを適用するよう、イスラエルに要求した。

「長引く占領は、健康、教育、総体的安全に影響する浸透する剥奪を通し、子どもたちの成長を歪める」と、フォークは、彼の声明で述べた。

彼は、イスラエル当局により、逮捕、起訴されたパレスチナの子ども数が、2007年以来上昇したと語った;しかしながら、彼は、この主張を支える数を与えなかった。彼は、入植者らに投石したとされ逮捕されたそれら子どもたちの何人かが、尋問と虐待を被ったと語った。

フォークは、2010年の176件の事件と比較し、2011年にはこれまでに、パレスチナ人178人が、イスラエル人入植者らからの暴力の結果、負傷を被ったと語った。暴力は、入植者らの投石、襲撃、発砲を含む。

「パレスチナの農地や村々に対する入植者暴力行為は、殆ど毎日報告されている」と、彼は語った。フォークは、イスラエル人権組織、B'Tselemで仕事する個人により、事件のいくつかは録画されていると付け加えた。

原文:Haaretz.com
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2011年10月23日

Oxfam:入植者らが農夫たちにこの収穫で500,000ドル以上失わせる

2011年10月20日木曜

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ナブルスに近いユダヤ人入植地、イタマルに囲い込まれてオリーヴ畑が外になったアワルタ村のパレスチナ農夫たちを護衛するイスラエル国境警官にユダヤ人入植者らが叫ぶ 10月9日 (Reuters/Abed Omar Qusini)

ベツレヘム (Ma'an) -- イスラエル入植者らは、西岸でオリーヴ樹を破壊し、今年、パレスチナ農夫たちに、500,000ドル以上失わせたと、Oxfamと地元組織は、木曜日、警告した。

農業委員会連合、Oxfamとパレスチナ農業救援委員会は、今年集められたオリーヴが、2010年収穫の油の半分に留まるだろうと見積もると、Oxfamの声明は述べた。

「オリーヴを燃やすことは、農夫の銀行口座を燃やすに等しい」と、Oxfam所長、ジェレミー・ホッブズは語った。

「パレスチナの100,000を越える家族が、収穫期の収入に依存する。不作なだけに、ことさらオリーヴすべてに値打ちがある」。

Oxfamは、9月だけで、オリーヴ樹2,500本以上、今年に入って7,500本が破壊されたと語る。1967年以来、オリーヴ樹、800,000本が根こそぎにされてきて、パレスチナ経済に、およそ5500万ドルの損失を与えたと、国際組織は見積もる。

(略)

全文:Ma'an News Agency

 わたしはパレスチナ農業救援委員会 (PARC) のオリーヴオイルを使っている。オリーヴオイルとレモン果汁にそばつゆ、トマトを刻んで、バジル、これにゆずこしょうを加えていただくそうめんは、わたしの夏の定番。
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みんなの息子

ウリ・アヴネリのコラム
2011年10月22日

最も分別ある - わたしは殆ど「唯一分別ある」と書いた - センテンスは、今週、5歳の少年の唇から発せられた。

囚人交換の後、利口ぶったTVリポータのひとりが彼に尋ねた:「なぜわたしたちは、ひとりのイスラエル兵士のため、アラブ人1027人を解放したのかな?」 彼はもちろん、通常の答え:イスラエル人ひとりはアラブ人1000人に値する、を期待した。

小さな少年は答えた:「ぼくたちが彼らをいっぱい捕まえて、彼らはひとりしか捕まえなかったから」。

一週間以上、イスラエル全体が興奮状態だった。ギラード・シャーリトは確かに、国を統治した(Shalitは「統治者」を意味する)。彼の写真は、北朝鮮のキム同志のように、至る所に貼られた。

(略:長いので大幅に飛ばして面白いところだけ)

今週、解放された囚人たちは、「パレスチナ戦士」、あるいは「闘士」、あるいは単に「パレスチナ人」とさえ呼ばれなかった。エリート主義のHaaretzから最も未開なタブロイドまで、すべてのあらゆる新聞とTV番組は、もっぱら「殺人者たち」、あるいはそのうえ、「下劣な殺人者ら」と呼んだ。

(略)

ギラードが、みんなの息子のように見えることは助けになった。彼は、捕獲前のスチールやヴィデオで見ることができた、愛敬のある笑顔の内気な若者だ。彼は若く見え、痩せて気取らなかった。5年後の今週、彼は、とても青白いことを除けばまだ同じに見えた。

(略)

彼の解放で、彼が、健康で鋭敏でよい状態であるように見えるのを発見して、イスラエル人は安堵した。エジプトでの途中、彼が口にした僅かなセンテンスから、彼にはラジオとTVが提供され、両親の努力について知っていた。

彼がイスラエルの地に足を踏み入れた瞬間から、彼がどのように扱われたかなど、殆ど何もでてこなかった。どこに保たれたのか? 食べ物はどうだったか? 捕らえた人は彼と話したのか? 彼らをどう思ったか? アラビア語を学んだか? 今までのところ、それについての一言もないのは恐らく、ハマースにある種肯定的光を投げかけるかもしれないから。彼は話すことを許可される前、確実に徹底的に指示を与えられるだろう。

(略)

全文:gush-shalom
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2011年10月22日

ギラード・シャーリトに起こらなかったこと

2011年10月20日

おおプリーズ。CNNは、新たに解放された囚人の日常生活に順応する困難に関して、1967年以来、イスラエルによって拘束されたパレスチナ人75万人の誰かについて、かつてこのような記事を掲載したことがあったろうか? 

青白く、痩せて情緒的に見える、ギラード・シャーリトは、囚われて5年以上後、火曜日、家族と再開した。今、彼は、自由の生活に順応するありそうな当惑の数日、数週間、数ヵ月に直面する。

彼が経たことを、まだ誰も正確に知らない一方、他の捕虜の経験が、彼のありそうな精神状態の洞察を与える -- そして、彼は自由を得たが、他の挑戦が前方に横たわると示唆する...

ここに展望をいくつか。「彼が経たことを、まだ誰も正確に知らない」ことは、真実かもしれないが、イスラエル医師団による素早いおおまか調べで、彼が自由に歩くことができる単なる事実は、彼が経なかったことのいくつかのかなりいい考えをわたしたちに与える。

例えば、わたしたちは、彼が捕獲者により縛り上げられなかったこと、こう丸を摘出しなければならないことになるほど、ひどく邪険に打たれなかったことを知る。ベナン・オーデは、第一次インティファーダで、投石で彼を非難したイスラエル兵士らの手で、それが彼に降りかかったとき、15歳だった:。

(略:イスラエルによる拘束で、立ち直れない障害を負ったり死亡したパレスチナ人拘束者たちへの拷問の記事の数々)

それで、ギラード・シャーリトの「挑戦が前方に横たわる」ものが何であれ、その誰も、かつてCNNから同情的回顧を得ることのなかった、ベナン・オーデ、アブダッサマド・ハリザト、ルワイー・アスカルのようなパレスチナ人何千人もが直面したそれらと同様の巨大な挑戦では全くないと、わたしたちは確信することができる。彼が囚われの身に耐え忍んだものが何であれ、ギラード・シャーリトは少なくとも、ハマースの手の中でイスラエル兵士として耐え忍んだのであり、イスラエルでのパレスチナ囚人としてではなかったのだから。

全文:Lawrence of Cyberia
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イスラエルがヘブロン知事の旧市街入域を妨害

2011年10月20日
PNN

木曜日、イスラエル部隊は、コルドバ(クルトゥバ:以前の記事で)女子校の教師と生徒何人か同様、ヘブロン知事、カメル・ハミードが、学校の位置する旧市街に入るのを止めた。

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イスラエル兵が、パレスチナ支配のH1と他方ユダヤ人入植地のH2にヘブロンを分断する検問所に配備される (Brendan Work, PNN)

ハミード知事は、イスラエル軍手順は「絶対に受け入れがたく」国際法および人権に反するとPNNに語った。

イスラエル軍は、1週間前、パレスチナの教師と生徒たちのコルドバ女子校到達を妨げ始めた。教師たちは、ヘブロンのH1とH2地区を分断する検問所の外で授業をすることで訴えてきた。H2は、完全にイスラエル軍により支配される。

(略)

全文:Palestine News Network

関連記事:「入植者と兵士らがヘブロン校への攻撃継続」WAFA
2011年10月20日

ヘブロン、2011年10月20日 (WAFA) – 過激派ユダヤ人入植者集団とイスラエル兵らは、木曜日、地元筋によれば、西岸南部、ヘブロンのクルトゥバ校とスシヤ校の生徒と教師たちに対し、攻撃を継続した。

クルトゥバ校長、イブティサム・アル-ジョンディは、Anat Cohen入植地の過激派入植者集団が、学校から帰る生徒たちを攻撃したと語った。副校長、フェリアル・アブハイカルが、パレスチナ住民何人かの支援を得て、生徒たちを入植者らから離そうと試みた。

イスラエル兵らが介入し、彼女(副校長)に手錠し、彼女ともう一人の住民を逮捕した。

(略)

WAFAの記者は、イスラエル兵らが、入植者らが生徒たちをその家まで全部の道のりあとをつけ、殴ったり攻撃したりすると言及して、記者たちの接近を妨げようとしたと語った。

ヤッタの民衆委員会調整官、ラテブ・アル-ジャブールによれば、兵士らはまた、ヘブロンのヤッタの東、スシヤ校を攻撃し、教師や生徒たちに立ち去るよう強いた。

(占領軍)民事行政職員らを伴ったイスラエル兵らが、学校を襲撃し、生徒の何人かを殴り、教師、生徒、修理作業をしていた労働者たちに、立ち去るよう強いたと、彼はWAFAに語った。

アーカイヴ:クルトゥバ校の教師たちは抗議を継続(10月18日)
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イスラエルがヘブロン地区のスペイン資金提供のソーラー発電所破壊準備

2011年10月20日木曜日
Mikaela Levin
The Alternative Information Center (AIC)

イスラエルが、ヘブロン地区、ムネイゼル町の地域ソーラー発電所の破壊を計画している。発電所は、イスラエル入植地に囲まれるこの町に電力を供給する唯一のもので、300,000ユーロほどがスペイン政府により資金提供された。イスラエルがその破壊命令を実施した場合、スペイン政府は賠償を要求するだろうか?

ヘブロンの南、70キロメートルほどの小さなパレスチナの町、ムネイゼルは、この2年半、談話、学習、夜の食事、TV映画や漫画、冷蔵庫で食糧を保存する奇跡を享受し、そして、多数の雇用可能性は、電力により開かれた。彼らは以前、このすべてを享受することができたが、オスロ合意に従って、イスラエルによる完全支配のエリアCに住むことになり、イスラエル当局は、この本質的事業を彼らに許さなかった。今、イスラエル当局は、この小さく貧しい、入植地に囲まれた、忘れられた町に、またしてもこの基本的権利を取り上げるため戻ってきた。10月11日、いわゆる軍事占領民事行政のイスラエル当局者らは、地域ソーラー発電所、バッテリーを格納する小さな建物、および近隣地元住民家屋3棟の破壊命令を発行した。

「彼らが、発電所とバッテリー建物を破壊するなら、町は電力接続のすべてを失う。これは家庭用電源を意味するばかりでなく、去年開始された、診療所、学校、小さな事業のいくつかの閉鎖を意味する」と、プロジェクトに従事するスペイン活動家、イグナシオはAICに説明した。全ソーラー発電所は、パレスチナ人個人の土地に建設され、また、バッテリーと各家庭への設置を含む建設費、300,000ユーロ近くは、スペイン政府により資金提供された。

(略)

全文:The Alternative Information Center
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