2011年10月16日

シャーリト取り引きイスラエル・アラブ間で38番目

2011年10月13日
PNN

囚人研究者、Abdulnasser Farwanehは、捕虜となったイスラエル兵、ギラード・シャーリトを、1,000人を超えるパレスチナ囚人と交換する、最近、イスラエルとハマース間で纏まった取り引きが、1948年以来、イスラエル・アラブ政府間で署名される取り引きの38番目となるだろうと語った。

エジプトが最初、1949年2月、イスラエルと囚人交換し始め、そして、最後の知られる交換は、2008年7月の、サミール・アルカンタルを解放した、ヒズボッラ・イスラエル間のものだった。

パレスチナ解放人民戦線 (PFLP) は、1968年7月初め、イスラエルと囚人交換した最初のパレスチナ集団だった:捕獲されたイスラエル航空機は、アルジェリア着陸を余儀なくされ、そしてその乗客が人質にとられ、パレスチナ囚人37人と交換に解放された。取り引きは国際赤十字により監督された。

ギラード・シャーリト解放前、ハマースとイスラエルは、イスラエルがシャーリト健康に関する情報を示すヴィデオテープを得るために、囚人20人を解放する、2009年10月の「ヴィデオテープ取り引き」を行った。2007年6月のその取り引きは、イスラエルとパレスチナの間の最後だった。

ファタハは、マフムード・バクリ・ヒジャジの解放を交渉し、1971年に囚人交換を始めた。1983年11月23日に、党は、南レバノンのアル-アンサール刑務所の囚人4,700人すべてが、イスラエル刑務所からパレスチナ囚人65人も同様に解放された、すべてファタハにより捕虜となったイスラエル兵6人のために - 闘争の歴史上最大の交換を、巧みに計画実行した。

Farawnaは、パレスチナ人解放のため、イスラエル人を捕らえる手腕が、抵抗党派に新たなものでなく、彼らの哲学の要点を形成すると語った。彼は、それが囚人とその犠牲への忠誠を実証すると語った。

原文:Palestine News Network

 シャーリト解放交渉は、今までも、ことさらムバラク政権下のエジプトの仲介で何度も試みられ、先走った「交渉締結」の記事も何度も掲載されたものだが、その都度、ハマースは根拠のないものと否定してきた。今回、ハマースは否定する声明を出していないので、本当らしく見える。


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空軍司令官がシナイでの部隊水準増加の許可をエジプトは必要としないと語る

2011年10月14日金曜日

エジプト空軍司令官は、エジプトにシナイ半島での軍配備の数の増加を許すための、イスラエルからのキャンプデーヴィッド合意へのいかなる修正も、彼の国は期待していないと語った。「シナイは我々の領土だ」と、空軍中将、レダ・ハフェズは語った。「そして我々は、我々の領土に我々の部隊の数を増加させるため、誰からの許可も必要としない」。

エジプト空軍記念日の記者会見で話して、ハフェズ元帥は、「エジプト航空機は、東国境を含むエジプト国境すべての安全確保のためのパトロールを遂行する」と記者団に告げた。部隊数はシナイで、国境を護るための必要と一致するレベルに増加されるだろうと、彼は付け加えた。

(略)

全文:Middle East Monitor

 届く記事があまりにあり過ぎて、優先順位に従って翻訳を試みるけれど、翻訳しようと確保した記事の多くの翻訳をあきらめている。そのあきらめた中に、この記事の前段がある。
 イスラエルメディアはこぞって、「エジプトがシナイ半島の防衛能力を持たないと暴露した」と主張し、イスラエル軍のシナイ半島配備を正当化する記事を掲載した。キャンプデーヴィッドは、シナイ半島の返還を目指したとはいえ、エジプト軍がシナイ半島に展開するために、イスラエルの許可を必要と定める半端なものだ。このイスラエルメディア報道へのエジプトの返答が上の記事だ。シナイ半島に展開するエジプト軍を制限しておいて、「エジプトがシナイ半島の防衛能力を持たない」とは何ごとか、との思いが滲む。
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