2011年10月21日

解放された囚人が刑務所で過ごした数十年を思い返す

2011年10月20日

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解放された囚人、イスラエル刑務所で、イスラエル兵、ギラード・シャーリトとの取引で解放された他のパレスチナ人の誰より長い33年服役した、ナエル・バルグーティ、53歳が、ラマッラに近いコバル村で、やはり解放されたファクリ・バルグーティア(中央)と子どもに挨拶する、10月19日。(Reuters//Mohamad Torokman)

ラマッラ (Reuters) -- イスラエル刑務所で33年以上を過ごし、火曜日に解放されたナエル・バルグーティは、解放される希望を捨てなかったと語った。

「拘束された最初の日から、わたしは常に、ある日、誰かがわたしを解放するために働くだろうと、解放されると期待した。政治は、わたしたちの解放に失敗したが、他の政策が、わたしたちの解放を実現した」と、バルグーティは、水曜日、Reuters Televisionに語った。

他のパレスチナ人誰より長く服役した、バルグーティは、イスラエルとの捕虜交換で解放され、ラマッラに近いコバル村の彼の家族と再会した。

(略)

自由の最初の夜を思案して、バルグーティは、刑務所での長い年月、彼に与えられなかった単純な喜び、彼が夜空にのみ込まれたと語った。

「わたしは、鉄条網越しでなく、空を見ることができた。わたしは月と星を見た。そのようなものを見たいと望むのが、人間の願望だ。わたしが何年も失った喜びだ」と、バルグーティは語った。

(略)

全文:Ma'an News Agency

 解放された政治犯の、このような多くの物語が届いているが、それは多分、翻訳しないだろう。ナエル・バルグーティ、投獄中、2004年に父親が、2005年に母親が死んだ、彼のこの物語で、代表させるということで... 他の記事も多いので。
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東エルサレムでの住宅活動は国際法違反:日本

2011年10月20日木曜日

東京- (PanOrient News) 日本政府は、今日、東エルサレム、Givat Hamatosに、新住宅2,610戸を建設する、イスラエル政府計画を遺憾に思い、そのような入植活動は、国際法違反であると語った。

東京の外務省により発表された声明は、「国際社会が、イスラエル・パレスチナ両党派に、和平のための直接交渉を再開するよう促している時に、イスラエル政府が、未だ入植地建設を進めている事実が、国際社会による進行中の努力に反する」と述べた。

(略)

全文:PanOrient News

 昨夜の「報道ステーション」が、カッダフィ大佐の捕獲、あるいは死亡の不確実を伝えていたとき、朝日新聞の解説員だろうか、コメンテータが、カッダフィの、外国人傭兵に自国民を殺戮させた所業に言及した。この言葉に直結してわたしがイメージしたのは、ニッポン政府の棄民政策、ことさら、フクシマの避難地区を解除して、そこに人びとを戻そうとしていることだ。

 ニッポンメディアで、例えば中国の高速鉄道事故の報道が含む、経済成長を急ぐあまりの無理に対する「侮蔑」のニュアンス、ニッポンは違う、と言わんばかりのニュアンスを見過ごすことはできない。本当に、ニッポンは違うのだろうか。外国で、ニッポンがどのように報道されているか、想像してみたことはあるだろうか。ドイツメディアが、東京電力のフクシマ原発事故で働く作業員を取材した番組がある。ニッポンメディアでは何故報道されないのだろう。ニッポンは、中国を「嗤う」ことができるだろうか。


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 ところで、ニッポン外務省、アジアの一国として、蹂躙されるアジア、ヨーロッパの「ユダヤ人問題」の、いわば「捨て場」とされたアジアの一国(あるいはアジアの「大国」)として、ヨーロッパや米国の言葉をなぞったようなイスラエル批判しかないのだろうか。内実がないのだ。
posted by mizya at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする