2011年10月26日

ヘブロンの教師たちが学校から遠ざける措置に抗議

2011年10月23日日曜日
+972blog

イスラエル国防軍は、ヘブロンの学校教師たちを、彼らの健康を危険にさらす、検問所の金属探知器を通らせると突然決定した。入植者らや軍のハラスメントに慣れた学校の子どもたちは、56検問所での彼らの抗議に加わってきた。

Ben Lorber

ほぼ2週間、ヘブロンのクルトゥバ校の幼い生徒と女教師の集団は、検問所での増殖する警備措置に抗議して、毎朝、56検問所の外で授業してきた。

過去7年間、クルトゥバ校教師たちは、検問所の通常の金属探知器を回避し、学校に到達するのに、攻撃的イスラエル入植地、Tel RumeidaとAdmot Yishaiの間の危険な区域にある別の門を通ることを許されてきた。10月11日火曜日、明白な理由なしに、軍は、この手順を保留し、教師たちが金属探知器を通り抜けなければならず、毎日検査のためバッグを提出しなければならないと発表した。同時に軍は、以前にやはり金属探知器を回避した、妊婦、心臓装置や他の併発症をもつ人びとも、もはやそうできないだろうと、今や、日常ベースで、肉体的健康を危険に晒さなければならないと、発表した。

その同じ火曜日、教師たちは、検問所で検査に従うことを拒絶し、その代り、パレスチナ側で即興的に沈黙のデモンストレーションを行った。午前9時、彼らの生徒たち、今教育を奪われた6歳から13歳までの少年と少女たちが、掲示を掲げスローガンを繰り返して、検問所に行進した。イスラエル兵士らは、彼らを石壁に放り投げ、蹴ったり、ライフル銃の台じりで殴り、強制的に引きずって検問所を通し、そして入植者ひとりは、彼女が運転していた車で、彼らを道路に押し出そうと試みた;子ども9人が負傷して病院に搬送された。

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ヘブロンの生徒と教師たちの抗議、2011年10月 (Photo: Ben Lorber)

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ヘブロンの生徒と教師たちの抗議、2011年10月 (Photo: Ben Lorber)

(略:興味深いけれど長い)

全文:+972

アーカイヴ:クルトゥバ校の教師たちは抗議を継続(10月18日)

 避けようもなく放射線を浴び続けるニッポンの状況に照らして、エックス線を毎日浴びる、イスラエルの検問所のありようは問題がありすぎる。ニッポン政府の真似をして「緩慢な死」、いや、毎日エックス線を浴びていたら「緩慢」ではないかもしれない死を量産しようとしているのかもしれない。


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イスラエル軍はエイラート攻撃がパレスチナ人により遂行されたのではないと示す証拠を包み隠す

2011年10月25日(火)
Saed Bannoura - IMEMC News

民間人5人、兵士3人を殺した、2か月前のイスラエルのバスとトラックに対する砲撃で、イスラエル軍当局は即座に、パレスチナ抵抗集団が責任を負うと主張した。しかし、攻撃がパレスチナ人ではなくエジプト人により遂行されたと明らかにするイスラエル軍の調査は、軍により「禁止された」。

調査結果が、先月、ひっそりと、軍により発表されたにも拘らず、彼らは詳細を公表せず、記者団のさらなる情報の要請を拒絶した。攻撃へのパレスチナ人の関与はないと示す内部調査結果を立証する記事が、捜査チームの結論を示す「漏洩」文書の情報と共に、先週、イスラエル日刊紙、Yedioth Ahranothに掲載された。

公式に、軍報道官、Avital Leibovitz中佐は、漏洩文書に関するコメントを拒絶しており、決定的証拠とは反対にも拘らず、攻撃者たちはガザからだったとの軍の最初の主張を続けてきた。

イスラエルのコラムニスト、Yossi Gurvitzは、日曜日、972Magに「これは、国防大臣の誤った突きの事実を包み隠す陰謀に見え、その結果として、イスラエル市民ひとり(とガザ住民27人)が死んだ拡大していく反撃を引出し、ガザに対する攻撃は起こった」と書いた。

エイラート殺人に続く、ガザに対するイスラエルの「報復攻撃」は、空爆、地上侵攻、境界を挟む砲撃を含み、幼い子どもふたりを含むパレスチナ市民27人が殺された。

原文:International Middle East Media Center

アーカイヴ:アッザッハル:「ガザ攻撃の口実として使われた」エイラートの攻撃(08月25日)

 少しも嬉しくないけれど、ニッポンは驚くほどイスラエルに似ている。放射能汚染の数値を少なく発表しておいて、数ヶ月後、「ひっそりと」数値を書き換える。書き換えられた数値をメディアは発表しない、もうニュースとしてはあまりにも古いから。まあ、過小に発表すること自体「大ニュース」だと思うけれど、どうもこの国のメディアはそのようには考えないらしい。
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イスラエルが東エルサレムのパレスチナ教科書検閲

2011年10月22日土曜日
+972

イスラエル当局は、東エルサレムのパレスチナ校に新たに検閲された教科書を押しつけようと試みている。ジャラール・アブハテルは、変更見本を提供し、パレスチナ遺産と歴史の検閲が違法で効果がなく危険であると論じる。生徒と父兄たちは抗議を準備している。

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検閲された東エルサレム教科書 (Photo: Jalal Abukhater)

ジャラール・アブハテル

(略:長いので大幅に)

わたしは、JEA(エルサレム教育行政)により、1993年のオスロ合意署名以来使用されてきたパレスチナ教科書になされた修正の重要部分の報告のコピーを入手した。その報告は、1年生から10年生までで使用される教科書になされた殆どの変更をリストにする。

1. すべての教科書の表紙に印刷されていたパレスチナ自治政府のマークが削除され、エルサレム市自治体のマークに置き換えられた。

2. 検閲された教科書で、パレスチナ旗への言及と写真すべてが、6歳用のぬり絵帳からさえ、削除された。

3. 1年生の教科書でまた、家へ戻る女囚の話と、「自由の夜明け」についての詩が、検閲版から削除された。

4.ナクバ(「大災厄」意味し、1948年のパレスチナ離散/出国を指す)の言葉とパレスチナ人の帰還権の言及すべてが、美しき祖国への望郷を表現した、追放のパレスチナ詩人による詩を含め、削除された。パレスチナ景観の美に関する詩や歌、あるいはイスラエル検問所に言及する詩なども削除された。

5. 初期の歴史 - 何百年も前からの - も等しく検閲されている。4年生の教科書では、サラディンとハッティンの戦いについての物語が、明白な理由もなしに存在から削除された。同様に、ナポレオン侵攻でのアッコ包囲についての物語も削除された。

6. 実際、アッコ市の言及すべてが、アッコを「海の花嫁」と呼ぶ詩や、初めて都市を訪れる生徒たちの話を含め、削除された。さらに「アルクッズ」としてのエルサレムの言及すべてが削除された;エルサレム旧市街への見学旅行に関する2年生教科書の物語も削除された。

7. 占領軍としてのイスラエルのいかなる言及も、あるいは被占領都市としての東エルサレムも削除された。これは、1967年停戦ラインを超えた被占領パレスチナ領土でのイスラエル支配を主張することを意図する。更に、イスラエル内のパレスチナ人は、これ以上どこでも、パレスチナ人として呼ばれない。

8. 第一次・第二次パレスチナ反乱(インティファーダ)についての物語、歌、詩は、すべて削除された。ここに、JEAが暴力を煽ると非難する、削除された歌から、報告が引用するサンプルがある。翻訳:「エルサレムは、陰鬱な占領が萎れ、自由の快活を待ち望む」。これは報告で引用された歌の部分に過ぎない。

9. 8年生生徒の地理教科書で、パレスチナ環境汚染問題は、西岸の入植地により、パレスチナの村々に投棄される汚水に向けられる;この課全体が削除された。地理教科書すべてでまた、パレスチナ人の水危機に関する事実 - ヨルダン渓谷でのように、およそ8,000人の入植者が、西岸に住むパレスチナ人殆ど250万人より20倍以上の水を受け取るといった - は、新たな検閲教科書で完全に削除される。

10. 9年生、10年生歴史教科書では、殆ど全部が削除された。バルフォア宣言 (1917) の時からナクバ (1948) まで、生徒が見つめる空白のページを残し、パレスチナ問題に取り組む全課が削除された。

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検閲された東エルサレム教科書のページ (Photo: Jalal Abukhater)

(略)

全文:+972

 ニッポンの文部省(いや、文科省になったのだっけ)の教科書検定も悪名高い。この期に及んで未だ原発の「安全神話」を振りまこうとしている。東京電力原発事故を受けて、小学生サブ読本では「原発事故」とは言わない、「放射能事象」だったかどうか、ともかくも曖昧にしたいらしい。イスラエルにしろニッポンにしろ、これは滅びゆく兆候だ。教科書というのは使用する生徒・学生、教師が選択するもので、権力が検閲するものでないからだ。検閲をしなければ立ちいかないほどに、既にほころびているのだ。情報が世界中を飛び交う時代、教科書検定などあまりに前-近代的、時代錯誤も甚だしい。教科書を捨てよう!
posted by mizya at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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