2011年12月24日

イスラエル軍がイブラヒミ・モスクにブーツと銃を引きずり込む

Caroline Nordhammer

2011年12月21日
International Solidarity Movement (ISM) 、西岸


イスラエル軍の兵士らは、12月21日午後、ヘブロン旧市街にあるイブラヒミ・モスクに入った。男と女の兵士らは、ある種のツアーであるかのように、モスクと男たちの祈りの場所に入った。モスクに入るとき、靴を脱ぎ、女たちが髪を覆うことは、イスラームでの習慣だ。この習慣にも拘らず、兵士らは靴を脱がず、集団の女兵士らは髪を覆わなかった。

更に、兵士らのふたりは、兵士集団「保護」のため、重武装だった。この時、モスクにたまたま居合わせたISMの国際ヴォランティアは、なぜモスクに入ったのか、兵士らに尋ねた。兵士らは「モスクを訪ねたかった」と答えた。

ISMヴォランティアはさらに、靴と武器を携えたままモスクに入る兵士らの選択と、女兵士らが髪を覆う習慣をなぜ考慮しなかったのか質問したが、返答を拒絶された。

宗教上の聖域に歩み入るときの、兵士らの宗教的習慣考慮の拒絶は、国際法下、違法な西岸のイスラエル占領の文脈に置かれるべきである。


PalReportsKhalil

(略)

全文:International Solidarity Movement


 イブラヒミ・モスクは国際的観光サイトだから、モスク前のイスラエルの検問所3ヵ所を通過し、わたしも訪ねたことがある。イブラヒミ・モスクは国際的観光サイトだから、わたしのような無神論者が訪ねてきた場合のために、前室の壁にフード付きマントが並んでいる。車にスカーフを残してきたことを後悔しながら、マントの一枚を取って頭に被る。例えばヨーロッパの教会で、タンクトップにショートパンツの入場者に提供するマントを準備しているのと変わらない。シナゴーグもいわゆる「嘆きの壁」も、男と女の祈りの場所を分けている。イスラエル兵らにとっては馴染んだ習慣の筈なのだが、占領が意識を狂わせる。


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国連安保理14ヵ国がイスラエル非難を阻んだことで米国を非難

2011年12月21日

「イスラエルの安全とパレスチナ国家権の実現は、対立する目標でない」と、英国国連大使は語る。
Associated Press

失望させられた国連安全保障理事会メンバー14ヵ国は、火曜日、パレスチナ領域でのイスラエルによる加速される入植地建設のいかなる非難も阻む合衆国を指差した。

ロシア国連大使、Vitaly Churkinが、歴史的と呼んだ動きで、火曜日、イスラエル-パレスチナ紛争解決に向けた進展の欠乏を非難する中東に関する理事会会議が閉会した後、殆どすべての地域ブロックの外交官は、理事会でマイクに歩み寄り表明した。

現在の理事会議長、Churkinは、欧州連合議会の4カ国、非同盟運動、アラブ集団、インド、ブラジル、南アフリカを含む新興勢力集団の声明で溢れ出た、イスラエル-パレスチナ会談での袋小路に関する失望を語った。

明白に合衆国に言及して、Churkinは、ある代表団が、事態は独力で「奇跡的に」解決すると信じていると、軽蔑的に語った。

「前提条件のない二国間交渉の要請は、求める正常なものに見えるだろう」と、彼は語った。

しかしChurkinは、パレスチナが、イスラエルによる軍事や他の措置すべてに圧倒され、前提条件もなしで、彼らは、交渉での公正な扱いを得ないだろうと語った。

ヨーロッパの主要米国同盟国を含み - 外交官たちはまた、イスラエル入植者らによる暴力拡大に対する措置を、理事会が講じないことを批判し、イスラエル-パレスチナ交渉のスピーディーな再開を促した。

EUメンバーのフランス、ドイツ、ポルトガルのためにも話して、英国国連大使、マーク・ライアル・グラントは、「イスラエルの安全とパレスチナの国家権の実現は、対立する目標でない」と語った。

「反対に、それらは目的を相互に強化する」と、彼は語った。「しかし、入植地建設と入植者の暴力が続くかぎり、それらは達成されないだろう」。

主として開発途上国の非同盟運動を代表して話した、南アフリカ国連大使、Baso Sangquは、パレスチナ市民に対する入植者攻撃が、今年50パーセント増加したと語り、イスラエル入植地建設を「イスラエル-パレスチナ紛争の二国家解決のための主たる障害」と呼んだ。

合衆国が、名指されては触れられなかった一方、外交官たちの怒りは、2月に、他の理事会メンバー14カ国に支持された、入植地建設すべての即時停止を要求した決議に、拒否権行使したワシントンに明白に向けられた。

(略)

全文:Haaretz.com
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2011年12月23日

フランス衣類商会ラコステが名声のコンテストからパレスチナ美術家ラリッサ・サンスールを追放

Ali Abunimah
2011年12月20日火曜日
最新版:2011年12月21日

ローザンヌのMusée de L’Elyséeが、2011年のラコステ賞を保留した

オリジナル掲載

2. Nation Estate - Jerusalem Floor.JPG.jpg
ラコステ・エリゼ賞により検閲されたラリッサ・サンスールの「Nation Estate(民族財産)」プロジェクト画像 (Larissa Sansour)

高級フランス衣類チェーン、ラコステは、商会からの後援で、スイスのMusee de l'Elyseeにより与えられるラコステ・エリゼ賞25,000ユーロ(250万円ほど)候補者名簿から、パレスチナ美術家、ラリッサ・サンスールの作品除去を要求した。

「あまりにも親-パレスチナ」のパレスチナ人

サンスールは、2011年の賞の最終選考リストに残った8人のひとりだった。サンスールにより出されたプレス・リリースによれば、「ラコステは、『あまりにも親-パレスチナ』とラベルを貼り、サンスールの作品支持の拒絶を明言した」。

この、文化協会によるパレスチナ芸術家の明白な検閲の最新の事例は、カリフォルニア、オークランドの子ども芸術博物館が、反-パレスチナのシオニストグループからの圧力下、計画された開始直前、ガザの子どもたちによる美術展を検閲した後、僅か数ヶ月で現れた。

サンスールは自発的に撤退するとの声明への署名を拒絶する

ロンドン拠点のサンスールは、被占領西岸、ベツレヘム出生だ。プレス・リリースは説明する:

指名者としてサンスールは、奨学金4,000ユーロを与えられ、最終審査のための画像集制作に白紙委任を与えられた。2011年11月、サンスールの「ネイション・エステイト」プロジェクト写真3枚が受理され、彼女は、賞管理者たちにより、その作品と専門性を祝福された。サンスールの氏名は、公式指名者として、賞に関する印刷物すべてとウェブサイトに含まれた。彼女の氏名は、ちょうど彼女のプロジェクトが、指名された芸術家を紹介する現代芸術誌、ArtReviewの今号から退かせられたように、以来削除された。

彼女の退去の理由を隠す試みで、サンスールは、「別の機会を追い求めるため」彼女の指名から撤退すると述べる声明を承認するよう求められた。サンスールは拒絶した。

(略)

サイエンス・フィクションとしてのパレスチナ国家をイメージする

サンスールのマルチメディア・プロジェクト、「ネイション・エステイト」は、国連加盟のパレスチナ努力の跡を追って考えだされた。ネイション・エステイトは、全パレスチナ人口を収容するひとつの超高層ビルの形をとる、サイエンス・フィクション風のパレスチナ国家を描写する。この新しいネイション・エステイトの中で、住民は、それぞれの階に、彼らの失われた都市を再創出した:エルサレムは3階、ラマッラは4階、サンスールのホームタウン、ベツレヘムは5階、といったように」。

(略)

1. Nation Estate - Main Lobby.jpg
ラコステ・エリゼ賞により検閲されたラリッサ・サンスールの「Nation Estate(民族財産)」プロジェクト画像 (Larissa Sansour)

3. Nation Estate - Olive Tree.jpg

全文:The Electronic Intifada


 ラコステは審査員ではない。スポンサーだからといって、審査の領分に踏み込むべきでない。「金を出す以上、口も出したい」と考えるなら、初めから賞金など出すべきでない。「ラコステ」を冠する賞ならば、賞金はいわば「広告費」だ。審査の領分に踏み込んだことで、ラコステは「いなかのおっさん用ポロシャツ屋」の馬脚を現した。ローザンヌのMusée de L’Elyséeは、サンスールに作品の撤退を迫るより、ラコステにスポンサーシップ撤退を迫るべきだった。こんなことを許すなら、ラコステは再び口を出してくるだろう。たかだか25,000ユーロで...
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2011年12月22日

ユニセフ:2011年イスラエルはパレスチナの子ども19人を殺戮した

2011年12月18日

ラマッラ、(PIC) -- イスラエル占領軍 (IOF) が、2011年にこれまでのところ、子どもたちを標的とすることの大きな拡大で、子ども19人を殺戮し、403人を負傷させたと、ユニセフによる報告書は述べた。

それは、IOF部隊が、昨年同じ期間で、子ども9人を殺戮し、308人を負傷させたと付け加え、イスラエル占領当局 (IOA) が、年齢範疇、12歳 - 17歳で、パレスチナの子ども164人を刑務所に拘束したと付け加えた。

報告書は、パレスチナの子ども20人が、拘留中に拷問され、IOAが、それら子どものひとりを、金の見返りに密告者として仕事するよう募ろうとしたが、彼は拒絶したと述べた。

ユニセフは、IOAがまた、同時期、ガザ回廊の病気の子ども27人からの治療要請を拒絶し、西岸で、IOAによる家屋破壊の結果、過去2ヵ月で、パレスチナの子ども78人がホームレスとされたと付け加えた。

原文:The Palestinian Information Center
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パレスチナ自決権を支持して182ヵ国が投票

2011年12月20日火曜日
Saed Bannoura - IMEMC & Agencies

国連の常駐パレスチナ・オブザーバ、リヤド・マンスールは、国連総会の182ヵ国が月曜日、パレスチナ自決権に賛成票を投じたと述べた。

米国とイスラエルに主導された7ヵ国が、決議に反対票を投じた。新南スーダン国を含む3カ国が棄権した。

マンスールは、肯定的投票のこの高い数値が、世界の国々の圧倒的大多数が、パレスチナの独立と自決の権利を支持すると証明すると語った。国連総会は193の加盟国を持つ。

パレスチナの自決権と独立のパレスチナ国家設立の支持に加えて、決議は、すべての国家と関係する組織、ことさら国連諸機関に、パレスチナ民衆を支持し、彼らの独立達成を支援するよう促す。

決議はまた、イスラエルとパレスチナ間の和平プロセス再開の必要を肯定し、すべての国々に、「和平のための土地」原則、アラブ和平イニシアティヴ、ロードマップ和平プランを基礎とする;中東に和平を創出することで支援を継続するよう求める。

それは、対立の解決が二国家解決を基礎としなければならないと述べ、イスラエルとパレスチナ間の包括的、公正な和平合意の達成を求める。

更に決議は、イスラエルが、被占領東エルサレム周辺を含む、被占領領域に建設する併合壁は違法であり、被占領地で取られるイスラエルの措置は、自決と独立を達成する努力を著しく妨害すると述べた、2004年7月9日の国際法廷の勧告裁定に言及した。

原文:International Middle East Media Center
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シュアファト:検問所と壁の背後から納税を強いられて

2011年12月19日

Jenna Bereld and Samar
International Solidarity Movement、西岸

2011年12月18日、シュアファト住民と活動家たちは、新検問所前で、分離壁に抗議した。昨日真夜中、シュアファト難民キャンプの家々で、イスラエル警官により、主催者35人が逮捕され、抗議者たちの一定の損失が言及された。

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壁の背後から納税を強いられて - (画像7点にアクセス

シュアファト住民はイスラエル市民である。しかしながら、彼らは、市民権が通常含む特権を享受することはできない。壁の反対側の違法入植地、Pisgat Ze'evの通りは、掃除され、市の業務が機能するが、シュアファトの通りは汚れ、ゴミ収集は存在しない。2層以上の住宅は、東エルサレムでは違法で、したがって、ここの住宅の殆どが破壊命令を受けている。

「シュアファトの人びとすべてが、イスラエルに税を払わなければならず、そしてまだ、通りは第三世界の国のように見える」と抗議者のひとりは語る。

「彼らは、貧乏人から取り上げ、それを、金持ちに与える」と、もうひとりの抗議者は語る。

シュアファトは、高さ8メートルのコンクリート分離壁により、都市の他の部分から隔てられたが、エルサレムの北東の地区だ。パレスチナ人口5万人が、エルサレムの他の部分に到達するために、軍検問所を通り抜けることを強いられて、多かれ少なかれ地区に閉じ込められて生活する。(略)

全文:International Solidarity Movement

関連記事:「イッサウィヤ:占領により閉じ込められたパレスチナ村」Alternative Information Center (AIC)

2011年12月19日月曜日
Mikaela Levin for the Alternative Information Center (AIC)

東エルサレムのシェイフ・ジャッラ地区・シルワン地区の闘争は、近年、多くのメディアの注目を獲得してきたが、イッサウィヤのパレスチナ住民、16,000人の苦境は、殆どの場合、無視され、消え失せた。彼らは、イスラエル政府に納税するが、彼らに返ってくるものは何もない。住民は、彼ら自身、他のパレスチナ社会から隔てられ、入植地と軍事基地で取り囲まれていると見いだす。

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イスラエル軍のイッサウィヤ家屋破 (photo: flickr/iicahd)

(本文翻訳省略)
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2011年12月21日

一滴でない:イスラエルが子ども時代の思い出と共に泉を奪う

2011年12月19日月曜日
Emma Mancini for the Alternative Information Center (AIC)

ムスタファ・タミミは、占領、違法ユダヤ人入植地、村の泉のイスラエルの占有に反対してデモンストレーションする、ナビ・サレでの毎週の抗議で、殺された。ナビ・サレが、水を取り巻く最も目に見える闘争のひとつに違いない一方で、西岸にはイスラエルが水資源を奪い、入植地のためにそれらを転じてきた他の多くの場所がある。あるパレスチナ人男性が、そうした泉のひとつとの彼の子どもの頃の結びつきを話す...

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かつてアルアウジャの泉を満たした水を支配するポンプ (photo: Emma Mancini)

アブダッラは、空の流床を凝視し、彼の顔が断念する。この美しい晴れた日に、彼の子ども時代の小川が完全に干上がったのを見いだすなど、彼は予期してなかった。水のない流床の傍らに、通電柵によって護られた巨大なイスラエルのポンプがある。

「アルアウジャには、小川が始まる泉があった」と、ベツレヘム地方、ウッベディーア村のアブダッラ・アウダッラ、29歳は、Alternative Information Centerに語る。ヨルダン渓谷でのイスラエルによる土地と水の没収について議論するため、外国人の一団と共に、彼はここに来た。ツアーは、アルアウジャの泉で終るだろう。しかし、水はなくなった。

一滴でない:イスラエル当局は、かつて絶え間なく流れた小川から水を引き、ヨルダン渓谷の農業入植地に送るため、発電機を建設してきた。エリコで使われた泉は、今、もっぱらイスラエル人入植地のため蓄えられる。

「アラビア語で『アウジャ』は『反対方向に』を意味する」とアブダッラは説明する。「長くのびる水は、流れ去るのでなく流れ上がったから、わたしたちは小川をそのように呼んだものだ。高い圧力と速度のため、水は、(上流に)流す必要のあるあおりを受けた」。

泉が比類ないばかりでなく、それは砂漠を緑に色づけた。それはまた、パレスチナの子どもたちの教材として役立ったと、アウダッラは付け加える。

「西岸の学校の多くが、エリコやアルアウジャへの遠足に生徒たちを連れて来たものだ:それは、水と魚の間で一日を過ごす、そして基本的で重要な資源のひとつを学ぶ、完全な場所だった。イスラエルに入るために必要な許可の不足で、パレスチナ48(1948年以前のパレスチナ、現在のイスラエルを指す:訳注)、ティベリアスに遠足を組織できるパレスチナの学校はない。したがって、アルアウジャは、水の重要性を考える唯一の場所だった」。

「わたしがはじめてここに来た時」と、彼は続ける、「わたしは15歳だった。1997年だった。最初、わたしは、小川と水に浸した足のまわりで戯れる魚を見た。小川の傍らで、草は緑だった。パレスチナ人家族の多くが、ピクニックにアルアウジャに来たものだ。しかし常に心配し、恐れて:泉は、イスラエル支配下、エリアCに位置し、そして、多くのイスラエル組織が、ここへのツアーを組織した。イスラエル軍はしばしば、パレスチナ人を追い出した:わたしは、逮捕されたり捜索されたりを覚えている」。

「そして今日、わたしはそれが空と見いだす」とアウダッラは語り、彼の目は、流床に留まる。「この場所は砂漠で、生命は何もない。わたしは虚しく、この流床と同様悲しく感じる。ラス・アルアウジャのベドゥイン・コミュニティは、今どのように生きているかと思う:彼らは、水のためにここに腰を据えた。彼らは、羊とヤギのための新鮮な草と飲料水を持っていた。今や、確実に、彼らは、イスラエルの会社からタンクを買うことを強いられる:1タンクあたり200シェケルかかる」。

ヨルダン渓谷連帯 (JVS) - 地元民衆委員会と国際的支援者ネットワーク - の活動家たちは、アルアウジャがかつてオアシスだったと説明する。家族たちが、釣りをしたり泳いだり、バナナ木立の中でピクニックするためやって来たものだった。1972年、イスラエル民間会社、Mekarot--その51%をイスラエル国が所有する--は、アルアウジャで、帯水層の容量を減少させる、深い井戸2本を掘り始めた。

何年か前、イスラエル当局は、小川を完全に干上がらせ、泉から水を直接汲み出すポンプ建設により、プロジェクトを完了した。水は、他の方法でも、ヨルダン渓谷のパレスチナ人から盗まれた -- イスラエル人が300メートルの深さまでの井戸を掘ることを認められる一方、パレスチナ人は160メートルを超えることはできない。したがって、水資源は、実際問題として、到達不能となる。

ヨルダン渓谷で、パレスチナ・コミュニティは、西岸の水資源を独占するMekarot会社からタンクを買うよう強いられる。JVSによれば、パレスチナ人は、水1タンク当たり輸送費を加え、200シェケル(50米ドル以上)を支払う。

「水1立米は、パレスチナ・コミュニティに30シェケルを費やさせる」と、ヨルダン渓谷連帯のメンバー、ファティ・ヒドゥラトはAICに語る、「その一方で、(イスラル人)入植者らは、1立米あたり3シェケル支払う」。

西岸で、パレスチナ人が大多数を構成する一方、入植者らは一人当たりの平均で、4倍分の水を消費する。

(略)

全文:Alternative Information Center (AIC)

アーカイヴ:パレスチナは公正に渇く(05月31日)
posted by mizya at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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