2012年01月19日

アッバスが「技術的故障」でVIP旅行ID剥奪

パレスチナ大統領は、イスラエルが特別旅行地位を一時的許可に取り替えたと語る。イスラエル政府関係者:失策はすぐ解決される

Associated Press
2012年01月15日

イスラエルが、パレスチナ大統領、マフムード・アッバスからVIP地位を剥奪し、彼に、たった2か月有効の希薄な旅行許可を与えたと、日曜日、パレスチナ政府関係者は主張した。

アッバスが、先週、彼のファタハ党内会議で、許可について不平を口にしたと、政府関係者は語った。

演説で、アッバスは、イスラエルに入るパレスチナ労働者に必要とされるものに似通った新たな許可証が、パレスチナに対するイスラエルの継続的支配を反映し、国連にパレスチナ加盟を申請した彼への懲罰を企てると示すと語った。

記者団への説明を許可されておらず、日曜日、匿名を条件に政府関係者は話した。

パレスチナ人へのトラヴェル・ドキュメントを発行するイスラエル機関の報道官、Guy Inbar少佐は、政策に変更ないと語った。彼は、許可証が、すぐ解決されるべき技術的故障の結果と語った。

「移動の自由は... そうであったと正確に同じままだ」と、Inbarは語った。

「パレスチナ自治政府に対する圧力」
VIP許可証は、アッバスに、彼が望むいつであれ、どこであれ、旅することを可能とした。パレスチナ政府関係者は、新たな許可証が、世界の都市への頻繁な旅びと、アッバスを、西岸出入から妨げていないと認めた。日曜日、アッバスは、英国指導者たちとの会談のため、ロンドンに飛んだ。

何十人もの地元Facebookユーザは、アッバスの旅行許可証コピーと思しきものを、多くの場合、アッバスの弱さに関する皮肉なコメントと共に広めた。「検問所で会おう」と書いたユーザは、ニダル・アフメドと確認された。

パレスチナ公安部隊報道官、アドナン・ドゥミリは、パレスチナ政府関係者、何十人もが、昨年半ば以来 - 9月にアッバスが国連に訴えた直前に、VIPカードを失ったと語った。イスラエルは、パレスチナが交渉による和平合意の一部としてのみ、国連に受け入れられるべきと語り、国連への指し手に痛烈に反対した。

「わたしたちは、イスラエルが、国際社会に訴える政治的進路から歩み去るよう、パレスチナ自治政府を圧迫する手段すべてを使用していると考えている」と、ドゥミリは語った。

原文:Ynet news.com


posted by mizya at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年1月15日:アンナディーム家

2012年01月15日
パレスチナ人権センター

「ナセルは、子どもの勉強、ことさら英語と数学を手伝ったものだった。今、それはわたしの義務。夫を失ったわたしに賠償し得るものは何もない。彼は常にとても優しく、理解深く静かだった」。

15-01-n.jpg
マジュダ・アンナディームと彼女の息子、モハンナド、フィラス、バシャール (Photo: Palestinian Centre for Human Rights)

2009年1月15日、7:00少し過ぎ、イスラエル軍は、ガザ市のタルアルハワ地区の家から逃げていた、ナセル・アンナディームと彼の息子ふたり、バシャール (17) とフィラス (15) に、戦車砲と実弾を発砲した。少年ふたりが中程度の負傷を被った一方、父親は重傷を負った。エジプトとガザでの9か月の集中治療の後、ナセル・アンナディームは、結局負傷により死んだ。彼は44歳だった。ナセルの妻、マジュダ・アンナディーム (45) は今、息子3人、モハンナド (19)、バシャール (17)、フィラス (15)、そして娘ふたり、ディマ (14)、ターラ (9) のひとり親だ。

「わたしを歩ませ続けるものは、子どもたち、わたしの子どもたちのみだ。わたしは、ダマスカス出身で、そこで学んでいた彼らの父親に会った。わたしたちは、1990年に結婚し、彼とガザに来た。わたしは、ダマスカスに戻ろうと、行って家族と住もうと常に考えるが、わたしは、ここガザにいるほうが子どもたちにとってよいと知っている。これは彼らの家。わたしは、彼らを護る何であれするつもり」と、彼女は息子たちに微笑んで言う。

世帯の責任すべてが、子どもたちの世話と経済に関する両方が、今マジュダの肩にある。「ナセルは、子どもたちの勉強、ことさら英語と数学を手伝ったものだった。今、それはわたしの義務。夫を失ったわたしに賠償し得るものは何もない。彼は常にとても優しく、理解深く静かだった」。

(略)

全文:International Solidarity Movement


 ガザの美術家に招待されて家を訪ねたときのこと、彼は食卓で自慢そうに「母はシリア人なんだ」と語ったものだった。シリアは料理が旨いとされる。「母は素晴らしいシェフなんだ」と同義である。アラビア語を話す同じ文化圏、国際結婚の感覚はないだろう、と思う。

アーカイヴ:2009年1月14日:ムハマド・ムーサ(01月16日)
     :2009年1月13日:ヒッバ・アンナッジャル(01月14日)
     :2009年1月12日:アヤド家(01月14日)
     :2009年1月11日:ハムーダ家(01月14日)
     :2009年1月10日:ワファ・アルラデア(01月11日)
     :2009年1月9日:アブオダ家(01月10日)
     :2009年1月8日:アルラヘル一家(01月10日)
     :2009年1月7日:マタール家(01月09日)
     :2009年1月5日:アマル・アッサムーニ(01月07日)
     :2008年12月31日:アブアリーダ一家(01月05日)
posted by mizya at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | document | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東エルサレムのユダヤ化2題

フレンチ・ヒルに住宅204戸建設の新イスラエル計画
2012年01月15日

被占領エルサレム、(PIC) -- バカア計画・建設センターは、既存の学生住宅に代えて、フレンチ・ヒル入植地に住宅204戸を建設する、被占領エルサレムのヘブライ大学により準備されているイスラエルの計画に、警鐘を鳴らした。

日曜日のプレス・リリースで、センター所長、カイス・ナセルは、計画が、フレンチ・ヒル入植地の増えるアラブ人存在、ことさら多くのアラブ人学生の制限を目論むと述べた。

(略)

全文:The Palestinian Information Center

イスラエルがエルサレム旧市街のユダヤ化加速
2012年01月15日

エルサレム、2012年1月15日 (WAFA) - WAFA通信員によると、市のユダヤ化と歴史的・文化的性格を変える目論みで、イスラエルのブルドーザは、日曜日、エルサレム旧市街の最も有名な門のふたつ、ダマスカス門とヘロデ門(アラビア語でエルアムードゥ門とアッサヒラ門)の間に、タルムード庭園を建設する作業速度をあげている。

ダマスカス門と、スルタン・スレイマン通りのスレイマンの洞穴(ムガレト・スレイマン)近くに駐車場区画とタルムード庭園が造られて、その性格が完全に変更された、旧市街の壁に隣接するスルタン・スレイマン通り近くの地区で、作業の最初の部分を終らせた後、イスラエル・ブルドーザいくつかが、通常より作業のペースをあげたと、彼は語った。

(略)

全文:WAFA


 エルサレム旧市街の魅力は、路地の両側に所狭しと並ぶ店舗の活気だ。その保全こそが望まれる。イスラエル建国後、コンクリートで造られたユダヤ・コーターがどれ程興ざめか、エルサレム旧市街を訪ねたことのあるひとは知っているだろう。伝統的アラブ建築が失われ、駐車場だの庭園だのになるなら、そこはもはや「旧市街」でさえなくなる。
posted by mizya at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。