2012年02月27日

行政拘留者でハンガーストライカー - ハナ・アッシャラビーのため今日アクションを!

刑事告訴も裁判もなく行政拘留下捕らえられる投獄のパレスチナ人、ハナ・アッシャラビーは、2012年2月16日の彼女の再逮捕以来、無期限のハンガーストライキに携わってきました。ハデル・アドナーンの英雄的行動が、パレスチナ囚人の闘いに世界の目を開いた今、ハナ・アッシャラビーのために圧力をかけ続けることは必須です。

ここをクリックすることによりこの緊急アクションを共有し、今TWEETしてください。

ハナ・アッシャラビーは - ハデル・アドナーン同様 - 国際的連帯と、彼女の声、そしてパレスチナ囚人仲間、5,000人近い声を増幅するため、そして、世界の人びとがイスラエル占領(勢力)によるパレスチナ人の虐待と恣意的拘留を受け入れないと明確にするために、彼女の事例への支持を必要とします。彼女の自由を要求する書簡を、今、イスラエル政府関係者に送ってください。

ハナ・アッシャラビーは、囚人交換協定で、2011年10月にイスラエル刑務所から解放されました;彼女の解放前、彼女は30ヵ月以上、拘束されました。その間、彼女は、いかなる刑事告発も裁判に付されることもなく;恣意的行政拘留で、ほぼ3年を過ごしました。

ハナは、2月16日以来、ハンガーストライキしてきました。2月23日、ハナの両親どちらも、彼女の無期限ハンガーストライキに加わりました。ハナの兄弟、サミールは、2009年9月、ブルキン村に侵攻したイスラエル占領軍部隊により殺戮され、彼女の姉妹、フッダもまた以前、告訴も裁判もないまま行政拘留下に捕らえられました。

解放から僅か4ヵ月後、ハナは、またしても逮捕され - そしてまたしても、いかなる犯罪でも告訴されません。またしても、彼女は、無期限に延長可能な - 行政拘留6ヵ月を宣告され、恣意的に捕らえられました。再-逮捕や継続する恣意的行政拘留で、パレスチナの元囚人を標的とすることは、珍しいことでなく - ハデル・アドナーンは、彼自身、行政拘留で8期を過ごしました。

ハナ・アッシャラビーが、彼女の外見的解放後、非常に速く、継続的投獄の標的とされ、またしても、閲覧もできず責めを負わない「秘密証拠」を除いて、告発されることもないことは明らかです。

(略:行政拘留が国際法違反であること、アムネスティ・インタナショナルが行政拘留の停止を要求すること、過去繰り返されたハンガーストライキに対し、イスラエル刑務所行政が、公約したことを護った試しはなく、ハンガーストライキを終わらせる目的の「空手形」だったことなど)

ハナ・アッシャラビーは、即刻解放されなければならず、国際的行動は急を要します。

行動してください!

1. Samidounパレスチナ囚連帯ネットワークは、北アメリカと世界中のパレスチナ連帯運動に、ハナ・アッシャラビーとパレスチナ政治犯すべての事例を公表するよう促します。4月17日のパレスチナ囚人の日のアクション・デーに加わってください!
2. イスラエル占領当局にコンタクトして、ハナ・アッシャラビーの解放を要求してください。ここで書簡に署名を(原文から)。
3. みなさんの地元のイスラエル大使館・領事館前でピケか抗議を組織して、ハデル・アドナーンとパレスチナ政治囚すべての即刻の解放を要求してください。(略:先を急いで)
4. ファックスを送ってください。(略:原文参照、このアクションは英語になると思うので)
5. 赤十字国際委員会や他の人権組織に書簡を送ってください。(略:原文参照、このアクションも英語になると思うので)
6. ソーシャルメディアでハナの記事を共有し続けてください。

全文:Samidoun


「ここで書簡に署名を」に署名サイトをリンクしたかったけれど、署名の重複を避けるためなのか(わたしが署名してしまったので)リンクできなかった。なにとぞ原文からアクセスを。*マークのみ、記入が要求されている。要求される項目は、記憶が正しければ、ファーストネーム、ファミリーネーム、メールアドレスの3点、住所、都市、郵便番号、国(スクロールして選択)の項目もあるが、記入が必然ではない。


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2012年02月26日

ハナ・シャラビーのハンガーストライキ

親愛なるみなさま、

ハナ・シャラビーは、イスラエル兵、ギラード・シャーリトとの交換で、10月に解放された1,000人を超えるパレスチナ囚のひとりでした。
ハナは、2012年2月16日に再逮捕され、裁判なしに6ヵ月間の拘留 - 行政拘留を命じられました。彼女は、恣意的拘留に、勇士、ハデル・アドナーンと同じ手法で抗議すると決め、彼女は今日、公開ハンガーストライキの9日目にあります。彼女は、わたしたちの緊急支援を必要としており、わたしは、彼女の訴えを強調し、適切な時期に - あまりに遅くなる前に - 彼女を解放するよう圧力をかけるため、誰もが何かできると考えます。
どうか記事を広く配布しください。そしてわたしは、みなさんに随時知らせるため最善を尽くします。

ここに、先立つ恣意的拘留の彼女のプロフィールがありますから、彼女について、そして彼女がどのように扱われたかについて、何かしら知ることができます:

ハナ・ヤヒア・シャラビー

hana-yahya-shalabi.jpg

生年月日:1982年7月2日
拘留場所:ハシャロン刑務所
逮捕日:2009年9月14日
住所:ブルキン、ジェニン
命令更新回数:1
行政拘留命令の終了予定:2010年9月12日

解放日付:ハナは、2011年10月18日、イスラエル政府とハマース当局により締結された囚人交換取引の一部として解放された

逮捕と尋問 ハナ・ヤヒア・シャラビーは、2009年9月14日、自宅で逮捕された。その朝、午前1:30ごろ、軍用ジープ12台のイスラエル兵士らが、西岸北部の町、ジェニンに近いブルキン村の彼女の家を取り囲んだ。兵士らは、ハナの家族全員、家から出るよう命令し、ハナに彼女の身分証明書を出すよう要求した。その後、彼らは、家屋の徹底的捜索を遂行した。捜索中、兵士のひとりは、2005年にイスラエル軍により殺戮されたハナの兄弟、サメルの額に入った写真を暴力的に取り除き、ずたずたに引き裂き、家族全員の前で、それら粉々になった上を歩いた。兵士らはその後、ハナと彼女の家族に叫び罵り始めた。63歳のハナの父親が、介入し、継続的言葉による虐待から娘を護ろうと試みたとき、1人のイスラエル兵士は、ライフル銃の台尻で彼の胸を押しやった。明らかに悲嘆に襲われ、ハナの母親はこの場で卒倒した。兵士らはそして、ハナに、手首を恐ろしく締め上げる手枷(ニッポンで言う結束バンド)で手錠し、彼女を逮捕下に置いた。ハナはその後、軍用ジープでSalem拘置所に移送された。移送中、ハナのアバヤ、家庭着の上に女に着用される全身を覆う伝統的ムスリムの宗教的衣服が開き、彼女の衣服と身体の一部をむき出しにした。ジープに彼女と乗り合わせた男兵士らの何人かが、このとき、意識的に彼女の状況を利用し、そのような写真で、彼女が傷つき辱められたと感じると知りつつ、彼女を写真に撮った。Salem拘置所到着に際し、医者が、ハナを素早く身体検診し、ハナは、彼女の尋問が公式に始まった、イスラエル内のキション拘置所に移送された。
独房監禁と虐待 ハナは、連続8日間、キション拘置所で、窓、あるいは太陽光のない6平米(3畳ほど)の房で、独房監禁に捕われた。房は、伝えられるところでは、ひどく汚れたマットレスとトイレしかなかった。ハナは毎日、午前10:00から夜遅くまで継続する、消耗し尽くす尋問に曝された。この期間、自然光を欠くことが、彼女に時間の感覚すべてを失わせ、夜なのか昼なのかさえ、しばしば判断できなかった。隔離と感覚喪失のこの期間が、ラマダーンの神聖月と重なったが、ハナは、彼女の断食を尊重するための時間を知ることができなかった。結果、彼女は、この8日間全体を通し、食事と飲料水を拒絶して、全く食べないと決めた。ハナはまた、尋問の間、セクシュアル・ハラスメントと身体的暴力に曝された。ハナは、アッダミール弁護士、サファ・アブドに、彼女の尋問官が期待したように、彼女が犯罪を犯したと自白しなかった尋問の終わりに生じた事件を伝えた。アッダミールが主張する手段で、イスラエル人尋問官の一人が、挑発的やり方で、ハナを「ハビブティ」(「可愛いひと」のアラビア語)と呼んだ、ハナを怒らせる努力だった。辱めを受けた感覚と、尋問官の昵懇な間柄の言葉の攻撃的使用への怒りで、ハナは、彼をどなり始めた。尋問官らは、彼女の顔を平手打ちし、彼女の腕や手を殴って応答した。看守らはその後、彼女を房に連れ戻し、彼女をベッドの柵に拘束し、彼女を横たえたその姿勢で写真を撮ることにより、辱め続けた。アッダミールは、イスラエル拘留当局がパレスチナ女囚に対して繰り広げる、彼らに向けた性的脅威、不適当で猥雑な言葉の使用を注ぐことによる言葉の虐待を非常に懸念する。アッダミールは、この振る舞いが、ことさらパレスチナ社会特有の慣習の中で、ジェンダーのステレオタイプ同様、家長規範を弄ぶことにより、パレスチナ女性の恐れを利用する故意の努力でなされると、主張する。
行政拘留 (略:長い:「地域の安全」を脅かすとして2010年3月28日に終了するハナの行政拘留、証拠の不在など、まあ、証拠があるなら刑事告訴できるわけで、「行政拘留」は常に証拠はないのだけれど)
拘留状況 (略:長い:イスラエル刑務所でイスラエル刑事犯女囚のセクションに留置される。刑事告訴され有罪判決を受けた囚人と、裁判のない拘留者は一緒に投獄されないと定めるイスラエル刑務所服務規定にさえ違反する留置、まあ、パレスチナ人の行政拘留では珍しいことでない。イスラエル人犯罪者から受ける攻撃を期待してのことだから)
個人的情報 (略)


 メールで届いたので原文を以下に:

Dear All,

Hanh Shalabi was among more than 1,000 Palestinian prisoners released in October in a trade for Israeli soldier Gilad Shalit.
Hana was re-arrested on February 16 2012 and ordered to be detained without trial for six months - administrative detention. She decided to protest her arbitrary detention sam way as the hero Khade Adnan and today she is on the ninth day of her open hunger strike. She needs our immediate support, I believe that every one can do something to emphasize her cause and to make a pressure at the right time - before it is too late - to have her released.
Please distribute the story widely and I will do my best to keep you updated.

Here is her profile from the previous arbitrary detention, so you can learn something about her and about how she suffered that time:

HANA YAHYA SHALABI

Date of birth: 2 July 1982
Place of detention: Hasharon prison
Date of arrest: 14 September 2009
Place of residence: Burqin, Jenin
Number of order renewals: One
Expected end of administrative detention order: 12 September 2010

Date of release: Hana was released on 18 October 2011 as part of the prisoner exchange deal concluded by the Israeli government and Hamas authorities

ARREST AND INTERROGATION Hana Yahya Shalabi was arrested from her family home on 14 September 2009. At approximately 1:30 a.m. that morning, Israeli soldiers in 12 military jeeps surrounded her house in Burqin village, near the West Bank town of Jenin. The soldiers ordered Hana’s entire family outside of the house and demanded Hana give them her identity card. They then proceeded to conduct a thorough search of the family’s home. During the search, one of the soldiers forcibly removed framed pictures of Hana’s brother Samer, who was killed by the Israeli army in 2005, tore them apart and walked over the pieces in front of the entire family. The soldiers then started shouting and cursing at Hana and her family members. When Hana’s father, aged 63, attempted to intervene and protect his daughter from continued verbal abuse, one Israeli soldier pushed him in the chest with the butt of a rifle. Clearly distressed, Hana’s mother fainted at this scene. The soldiers then handcuffed Hana in painfully tight shackles around her wrists and placed her under arrest. Hana was then transferred by military jeep to Salem Detention Center. During the transfer, Hana’s abaya, a traditional Muslim religious dress covering the entire body worn by women over home clothes, came open, uncovering her clothes and parts of her body. Some of the male soldiers accompanying her in the jeep took pictures of her at this point, consciously exploiting her situation, knowing she would feel offended and humiliated by such photos. Upon arrival to Salem Detention Center, a doctor gave Hana a quick physical examination. Immediately after the examination, Hana was transferred to Kishon Detention Center inside Israel where her interrogation formally began.
Solitary confinement and abuse Hana was held in solitary confinement at Kishon Detention Center for eight consecutive days, in a cell measuring six square meters that contained no windows or natural sunlight. The cell contained only a mattress and a bathroom, and was reportedly very dirty. Hana was subjected to exhausting interrogation sessions every day, which lasted from 10:00 a.m. until the late evening hours. The lack of natural sunlight during this period caused her to lose all sense of time and she was often unable to determine whether it was night or day. As this period of isolation and disorientation coincided with the holy month of Ramadan, Hana was unable to monitor time in order to respect her fast. As a result, she decided not to eat at all, refusing meals and drinking water only during the entire eight day period. Hana was also subjected to sexual harassment and physical violence during her interrogation. Hana told Addameer attorney Safa Abdo of an incident that occurred at end of an interrogation session, in which she did not confess to committing a crime, as her interrogators had expected. In a move that Addameer contends was an effort to provoke Hana, one of the Israeli interrogators called Hana “habibti” (Arabic for “darling”) in a provocative manner. Feeling humiliated and angry at the interrogator’s offensive use of an intimate term, Hana started shouting at him. The interrogators responded by slapping her on her face and beating her on her arms and hands. The guards then took her back to her cell where they tied her to the bed frame and continued humiliating her by taking pictures of her laying in that position. Addameer is greatly concerned by the verbal abuse Israeli detaining authorities display towards Palestinian female prisoners by directing sexual threats towards them and using inappropriate, vulgar language. Addameer contends that this behavior is done in a deliberate effort to exploit Palestinian women’s fears by playing on patriarchal norms as well as gender stereotypes within particular customs of Palestinian society.
ADMINISTRATIVE DETENTION After Hana’s interrogation period concluded, she remained in Kishon Detention Center for nine additional days, which Israeli authorities claimed were necessary for the purpose of investigation. On 29 September 2009, Israeli Military Commander Ilan Malka issued a six-month administrative detention order against Hana on the premise that she posed a threat to the “security of the area”. The order was set to expire on 28 March 2010. At the judicial review of the order, which took place on 5 October 2009 at the Court of Administrative Detainees in Ofer Military Base, near the West Bank city of Ramallah, military judge Ilan Nun confirmed the order for the entire six month period, but agreed to count the two weeks Hana had already been detained towards her detention period. In his decision, Nun alleged that, based on the “secret information” made available to him by the military prosecution, Hana was intending to carry out a “terrorist attack”. The judge further claimed that Hana had already undertaken initial steps in preparation for the attack, though he provided no proof to support this allegation. Addameer contends that the judge’s decision raises serious questions and fair trial issues. Seventeen days of investigation by the Israeli Security Agency, including eight days of consecutive interrogation did not prove the suspicions against Hana and no evidence of the alleged “intention” was brought before the court. Moreover, at no point did the court establish Hana’s affiliation with a Palestinian political party or armed group, nor did it establish whether Hana planned to carry out the alleged attack by herself or in partnership with anyone else. Additionally, the nature of a possible partnership was never investigated. Importantly, all suspicions directed towards Hana remained vague and general, leaving her without any legitimate means to defend herself. Although administrative detention orders issued by the Israeli military commander are the subject of review and further appeal by a military court, neither lawyers nor detainees are permitted to see the 'secret information’ used as a basis for the detention orders, rendering any possible legal defense meaningless. Hana’s attorneys filed an appeal against her administrative detention order, but the appeal was refused. Hana is now set to be held without charge or trial until 13 March 2010.
DETENTION CONDITIONS Prior to her transfer to HaSharon Prison, Hana spent a total of 17 days in Kishon Detention Center, where she was not once given a change of clean clothes. Hana continued to be detained in interrogation-like conditions for three days after her administrative detention order was issued. On 1 October 2009, she was eventually transferred to Section 2 of HaSharon Prison, where, due to overcrowding, she was placed in the same section as female Israeli criminal offenders. This placement is a direct violation of Israeli Prison Service Regulations, which stipulate that administrative detainees are to be held separately from all other detainees and prisoners, including those who have been convicted of a crime. Moreover, detained in the same sections as Israeli criminal offenders, Palestinian female prisoners are almost always discriminated against, enjoy fewer recreation hours and are often subjected to humiliation and abusive language from Israeli prisoners, who threaten them of physical attack. As a result, Palestinian women live in constant fear and often experience insomnia, and other psychological problems for the entire time they are detained in the same sections with Israeli women. Addameer attorney Safa Abdo filed a complaint with the HaSharon Prison administration regarding Hana’s detention conditions. On 25 October 2009, after being held for 25 days among Israeli criminal offenders, Hana was finally moved to Section 12 of HaSharon Prison with the other Palestinian female prisoners, where she was held together with approximately 18 other Palestinian female prisoners. The building which now constitutes the prison complex served as the headquarters of the British Mounted Police during the British Mandate in Palestine and, as such, was never designed for the incarceration of women. As a result, Hana suffered from the harsh detention conditions and complained of overcrowding, humidity, lack of natural sunlight and adequate ventilation, as well as poor hygiene standards.(1)
PERSONAL INFORMATION Prior to her arrest by the Israeli authorities, Hana was arrested and held by the Palestinian intelligence forces for a week in 2009 for the purpose of interrogation. During this period, Hana was permitted to sleep at home and was kept in detention from 9:00 a.m. until 11:00 p.m. each day. Hana is one of nine children in a family of farmers in Burqin village, next to Jenin. On 29 September 2005, Hana’s brother Samer was killed by Israeli forces during an incursion in the village. Although Hana never intended to pursue university studies after completing her secondary education, she now vows to study journalism after she is released to advocate for the rights of Palestinian prisoners.
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Administrative detention is a procedure that allows the Israeli military to hold detainees indefinitely on secret evidence without charging them or allowing them to stand trial. In the occupied Palestinian West Bank, the Israeli army is authorized to issue administrative detention orders against Palestinian civilians on the basis of Military Order 1591. This order empowers military commanders to detain an individual for up to six month renewable periods if they have “reasonable grounds to presume that the security of the area or public security require the detention.” On or just before the expiry date, the detention order is frequently renewed. This process can be continued indefinitely.
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軍が元拘留者、その妻と娘を拉致

2012年02月23日木曜日
Saed Bannoura - IMEMC & Agencies

パレスチナ治安当局筋は、イスラエル兵士らが、水曜日夜、西岸北部の都市、トゥルカレムに近いフォキーン村で、元政治囚、マジュディ・アルアジューリ、加えて彼の妻と未成年の娘を拉致したと報告した。

軍用装甲車、少なくとも6台が村に侵攻し、アルアジューリの家屋を取り囲み、押し入って、彼、彼の妻と未成年の娘を拉致したと、情報筋が付け加えたと、Maan通信社は報じた。

アルアジューリは、何ヵ月か前、エジプトの仲介で交渉され実施されたシャーリト囚人交換取引で解放された拘留者のひとりだ。

火曜日、軍は、元政治囚、ユーセフ・アブドゥルラフマン・エシュテウィを、西岸北部都市、カルキリヤから、そしてやはり囚人交換取引で解放された拘留者の中にいた、マフムード・アドナーン・サリームを拉致した。

木曜日明け方、兵士らは、元政治囚、ハナ・アッシャビー、30歳を、西岸北部都市、ジェニン近くのボルキーン村から拉致した;彼女もまた、交換取引で解放された元政治囚だった。

シャーリト取引は、2011年10月に到達し、2つの過程で実施され;ガザの抵抗(集団)が、ギラード・シャーリト伍長をエジプトに渡し、イスラエルが、拘留者、1027人を解放した(のだろうか? - mizya)。

それ以来、兵士らは、交換取引で解放された拘留者何人かを、加えて、ことさら被占領東エルサレムの子ども何人かを含む、拘留者何百人もを拉致した。

原文:International Middle East Media Center


 エジプト仲介の「囚人交換取引」には、交換取引で解放された政治囚を再び拘束しないこととガザ封鎖解除が含まれていた。捕虜、シャーリト伍長を解放しても、その交換で解放されたパレスチナ人政治囚が再び捕らえられては「囚人交換取引」は成立しないことになるから、当然の条件と言える。シャーリト伍長が捕虜となったことを理由に、イスラエルは「ガザ封鎖」したのだったが、交換取引以後の展開をみるなら、イスラエルとはいかなる「取引」もあり得ない、イスラエルが協定を守ることはないのだから、ということだろう。しかしながら、この結果を、わたしも驚かないし、国際社会も驚いてはいない、まあ、イスラエルのすることだから「こんなもの」だろうと誰もが考えているのだろう。しかしわたしは、国際社会と違って、シャーリト解放を唱えたことはない、何千人、何万人のパレスチナ人「シャーリト・ギラード」がいるのだから。そして、イスラエルに捕らえられるパレスチナ人「シャーリト・ギラード」は、シャーリト・ギラードが受けた扱いとはほど遠い、拷問、虐待、脅迫にさらされているのだから。

アーカイヴ:ギラード・シャーリトに起こらなかったこと(2011年10月22日)
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2012年02月25日

パレスチナの十代が警官虚偽報告でイスラエル刑務所で3ヵ月過ごす

2012年02月23日

十代を火炎瓶を投げたとして刑事告発した国境警官らは、明らかに尋問官らに「支援」される。
Nir Hasson

火炎瓶を投げた容疑で3ヵ月を刑務所で過ごした、パレスチナ人十代ふたりは、彼らを告発した国境警官らが虚偽報告を提出したことが判明して、今週解放された。

火炎瓶は、申し立てによると、10月21日にエルサレムの検問所に投げつけられた。しかし、国境警察記録によると、10月21日に火炎瓶攻撃はなく、事件を目撃したと証言した警官はその日、検問所にもいなかった。

証言した国境警官らは、彼らの報告の根拠として役立つ十代の自白の情報を彼らに提供した尋問官らにより、明らかに「支援」されていた。

しかしながら、十代に対する告訴はまだ却下されていない。

十代 - どちらも東エルサレムのショアファト難民キャンプのM.S.、16歳、M.R.、17歳 - は、11月22日、午前5時に、彼らの自宅に来た警官により逮捕された。尋問の数時間後、ふたりは、10月21日金曜日、ショアファト検問所配置の国境警官らに火炎瓶を投げたと認めた。

逮捕された3日後、彼らは起訴され、裁判終了までメギド刑務所に投獄された。彼らに対する証拠は固いと見えた:彼らの自白があり、また、検問所にいた国境警官らによる証言があった。

国境警官、Ihab Ar'aidaは、事件の2ヵ月半後、1月に報告を膨らませた。「わたしは、2011年10月21日、第2シフトで指揮官に送られた」と彼は書いた。「21:30ごろ、わたしは爆発音を聞いた」。

国境警官、Henry Tzatzashvilliは、逮捕から1ヵ月後、その日検問所におり、火炎瓶の爆発を目撃し、その中の易燃性物質がかかりさえしたと証言した。

疑問は、再留置審問中にさえ生じた。十代の弁護士たち - M.S.のラディ・オスマンと、M.R.の国選弁護人事務所のYihye Mustafa - は、その日、いかなる覚え書き、活動報告、あるいは業務日誌にも、火炎瓶攻撃が現われていないと述べた。10月21日の国境警察通信網録音の捜索もまた、その日に火炎瓶攻撃が起こったと示すものを見つけることはできなかった。

しかしながら、エルサレム地方裁判所と最高裁判所、どちらも、十代の訴えを拒絶し、したがって彼らは、留置場に残った。

(略)

全文:Haaretz.com
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イスラエル裁判所が手枷足枷を外す判決を出す一方、ハデル・アドナーンは時間のかかる回復を始める

共同プレス・リリース、アッダミール囚人支援・人権協会と人権医師団 - イスラエル

ラマッラ、2012年2月23日 - 2012年2月21日夜の66日間のハンガーストライキ停止に続き、人権医師団-イスラエル (PHR-Israel) -加盟医師と、アッダミール弁護士、サメル・サムアンが、今日、2月23日、彼の現状を綿密に観察するため、ハデル・アドナーンを訪れた。

PHR-Israel-加盟医師によれば、「ハデルの状態は不安定なままだ。彼は、長く持続的回復過程に直面するだろう」。ハデルは今、1日に3食摂っているが、それらをゆっくり、2回に分けて摂るよう言われた。病院職員は、彼があたかもよく回復しているように見えても、慎重でいることが重要と述べる;回復の日々は、彼の必要すべての平衡の複雑さと彼の心臓の機能不全の可能性のため、主要な危険を保持する。彼は、歩くことを妨げる、極端に弱い筋肉にまだ苦しむ。ハデルは、PHR-Israelとアッダミールにより共有される恐れ、あまりにもすぐ、彼が病院から刑務所に移動されるだろうという印象を与えられてきた。

ハデルは、彼の拘留を制限する取り引きがイスラエル職員と交渉される前の数時間、彼が、彼の意志に反して、彼の命を即座に危険にさらしたであろう行為 - 食事を注ぎ込むと脅されたと説明した。ハデルは、彼が解放の最小条件を受け取るまで、不動を保った。彼は、囚人仲間と彼を支援してきた世界中の個人に対し、最大限の感謝を表明し、地元・国際社会に、手元の実際の問題は、彼の事例ではなくむしろ、他の囚人すべてと、占領下に生きるパレスチナ人の事例と思い出させた。

他のパレスチナ囚人にも同様に影響する可能性のある前例ない裁決で、イスラエル地方裁判所は、今日、2月23日、病院のベッドでのハデルの手枷足枷の除去を命じる結論に達した。判決で、Avraham Tal判事は、PHR-Israelとアッダミールにより提出された訴訟に関する彼の見解を述べた:「原告の医学的状況に照らして、ハンガーストライキ直後、昼夜の別なくすべての時間、ベッドに彼を拘束することは、手足の1本のみといえど、そぐわない」。

ハデルは、Zif医療センターでの彼の滞在を通して、継続的に手枷足枷され、拘束物は数回短時間外されたに過ぎない。IPS(イスラエル刑務所行政)は、彼のハンガーストライキの最終日、彼らが彼の拘束物を外したと主張したが、PHR-Israelもアッダミールもこれを真実と考えない。IPSはまた、彼がハンガーストライキを終了したなら直ちに、病院ベッドへのハデルの拘束を「復活」すると決定したと述べた。今日の裁決は、「IPS、あるいは彼を扱う医療スタッフにより認可されない」訪問者がいる場合に、ハデルが手足の1本のみを拘束されるのを許す。しかしながら、彼の弁護士とPHR-Israel-加盟医師の今日の訪問中、彼の両脚は、まだベッドに拘束されていた。

(略:まだ長い)

全文:Addameer
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NYTは名を隠した職員に「テロリスト」として批判中傷させる

アクション・アラート

匿名攻撃は新聞の方針を攻撃する
2012年02月24日

更新:Timesの公開編集長が、2月6日の記事に批判的読者への彼の電子メール返答についてFAIRに通知してきた。FAIRブログでそれを読むことができる)。

今月の2つの記事で、New York Times記者たちは、匿名の政府関係者が、テロリスト、そしてテロリスト支持者として、攻撃の隠れ蓑であることを匿名に許すことに対する、新聞の明白な規則の衝撃的違反 -- 批判中傷するのを認めた。

2月22日のハデル・アドナーン - 裁判なしに囚人を捕らえるイスラエルの悪弊に挑むパレスチナ人ハンガーストライカー - についての記事で、記者、Isabel Kershnerは書いた:

匿名を条件に話して、イスラエル政府関係者は、アドナーン氏に関する取り引きを、結局のところ、彼は拘留の4ヵ月の期間を殆ど完全に満たすのだから、「ものになる協定」と呼んだ。

「我々はジレンマに直面した」と職員は語った。「一方で、我々は、彼に現れるどのような害も、あるいはその中のより幅広い危険も望まなかった。他方、パレスチナ人テロリストがハンガーストライキする度、刑務所から出るフリーパスを得る前例を作ることは有益でない」。

「取り引き」は、4月半ばまでにアドナーンを解放するイスラエル提案への言及だ。

匿名のイスラエル政府関係者は、アドナーンをテロリストと言い放つ。イスラエル政府関係者が、これを、彼らが告発なしに彼を拘束する必要のない事例と知っているなら;彼らは、反-テロ法の下、彼に対して訴訟を起こすことができた。したがってTimesは、これが訴訟事実であるとする公表可能ないかなる証拠も欠いているにも拘らず、アドナーンを犯罪者と言い放つ政府関係者に匿名を与えている。

今月早く、救助者と葬儀を標的とするCIA無人機攻撃に関する、Bureau of Investigative Journalism (調査ジャーナリズム局)の新報道についての記事 (2/6/12) で、Timesは、非営利報道機関(調査ジャーナリズム局)調査官たちをアルカーイダ支持者と同一視した米国職員に匿名を与えた:(略:原文参照)

全文:FAIR (Fairness & Accuracy In Reporting)


 アクション・アラートとあるように、この記事はニューヨークタイムズに抗議を求めている。ともあれ、ハデル・アドナーンのハンガーストライキを、その公正性はともかくも、ニューヨークタイムズは伝えたわけだ。それに引き換え、ニッポンのメディアは、この世界的ニュースに頑に沈黙した。何故だったのだろう、アクション・アラートは、ニッポンマスメディアに対してこそ、起こされなければならない。
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地方自治体が旧市街のライオン門の隣のバーブ・アルアスバト墓地内にごみ処理場創出

2012年02月22日水曜日

シルワン、エルサレム (SILWANIC) --

廃棄物の大分量が、エルサレム市当局により、市のムスリム住民、何千人もを狼狽させ傷つける動きで、旧市街のライオン門隣りのイスラーム墓地(バーブ・アルアスバト)内に山と積まれている。神聖なアルアクサーモスク近くにあるライオン門は今、積もるごみの圧倒的悪臭であふれている。

ある住民は、エルサレム市当局が「その実施において、恥も外聞もなく差別的だ。彼らは、神聖な場所を廃物捨て場に使用するのみでなく、ここ、聖なる場所、バーブ・アルアスバト墓地の中で、ごみを燃やしさえする。なぜユネスコは、地方自治体を止めようとしないのか?」と述べた。

旧市街の滞在キリスト教聖職者は、地方自治体の行為を不法で、エルサレムで人種主義を助長するものと看做すと、Silwanicに語った。

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原文と画像5点:Wadi Hilweh Information Center - Silwan
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