2012年03月26日

イスラエル:分離、差別、強制退去

ベン・ホワイト
2012年03月21日水曜日

これが、国連機関トップによれば、2012年のイスラエルだ。先例ない強い言葉を使って、国連人種差別撤廃委員会 (CERD) は、定期報告に続く彼らの所見公表の一部として、「アパルトヘイト」の表現でイスラエル政策を批判した。

イスラエルの唱道者らが、嘘とか誇張の過多として退けようとする分析の類を確言して、委員会は、多くの政策領域で平等の権利を侵害したとイスラエルを酷評した。CERDは、「ユダヤ人と非-ユダヤ人社会間の分離」、「土地と資産への平等なアクセス」の欠如、ネゲヴでの「生来のベドゥイン・コミュニティの家屋破壊と強制退去の進行する政策」を記述した。

イスラエル基本法に於ける「人種差別禁止」の欠如が強調され、パレスチナ市民に影響する家族統一に対する制限といった、より最近の新事情もまた、CERDの広範な批判の部分だった。

委員会の所見はまた、グリーンラインの両側で、如何に同様の差別パターンが見出せるかを示し、被占領地でのイスラエルの政策を包含した。西岸のイスラエル人入植地が、イスラエルの「アパルトヘイト」政策の「禁止」を委員会に思い出させるに充分すぎる、「事実上の分離」体制の部分を構成する。

ミドルセックス大学の法学上級講師で「国際人権法に於ける排他性に基づく差別」の著者、David Keane博士によれば、これは、「南アフリカアパルトヘイト以来、分離の法制度の最も痛烈なCERDの認識であり非難である」。

CERDの結論は、尊敬される人権組織と監視者によるパレスチナ/イスラエルからの報告の流れに共鳴する。先月、適切な住まいの権利に関する国連報告官、Raquel Rolnikは、パレスチナ/イスラエルへの訪問から戻り、彼女が、「ユダヤ化戦略の実施と領域支配」を含む「少数民族を遮断し、差別し、強制退去させる土地開発モデル」を目撃してきたと語った。

ヒューマン・ライツ・ウォッチもまた最近、イスラエルの「パレスチナ住民登録に関する支配」と「1967年以来、イスラエル軍による何十万人ものパレスチナ人の恣意的排除」作用に小細工されてきたその手法を非難した。1月、被占領パレスチナ領域の国連人道調整官は、イスラエルが、パレスチナ人の「家屋と生計」の「大規模破壊」を遂行していると語った。

(略)

全文:Independent


 少数民族の人口が「少数」とは限らない。ニッポンでの脱原発運動が、外国メディアで「大多数の少数派」と報道されるように。minority はだから、強者に対する弱者、支配者に対する被-支配者の意味も含む。しかしデモを歩くわたしは、自らを弱者と考えてはいないし、「主権在民」の国家に住む以上、「被-支配者」とも考えるべきでない、と、思う。そのように考えると、minority の訳語としては「少数派」ぐらしか残らない。
 3月24日、日比谷公園を出発したデモが東京電力本社ビルの前を通ったときの光景、土曜日で、東京電力本社ビルのシャッターは固く閉ざされているのに、その前に警察官二十人ばかりが配置されていた。「さようなら原発」のデモは、いえ、「さようなら原発」はデモとは呼ばない、「パレード」は、すこぶる行儀よく「暴徒化」することなど考えられない。わたしたちの税金を使ったこの警察官の配置の意味を考えないわけにはいかない。彼らは、脚を広げて仁王立ちの様相、腕組みでなく手は後ろに組んでいたが、わたしたちを「睨んで」立っていた。警察は、わたしたち市民よりはむしろ、放射能をバラまいた私企業を護りたがっているように見える。わたしの右前方を、社民党党首の福島瑞穂さんが歩いていた、友人だろうか、もうひとりと腕を組んで。「さようなら原発」は、主催メンバーによれば、どのような政党とも繋がりを持たず、パレード前の集会でも政党に「登壇」の機会を与えていないから、彼女は一市民として歩いているのだ。「さようなら原発」のパレードで彼女を見たのは、4度目でなければ3度目だ。わたしは「市民」のグルーピングを歩き、彼女も「市民」のところを歩くから、おそらく近くを歩くことになる。先導車輌に乗ったり、パレードに加わらずに集会場の後片付けをすることになる主催メンバーのひとりに尋ねると、彼女の参加、1度だけは把握していると言った。


posted by mizya at 12:37| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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