2012年05月17日

パレスチナ人がイスラエルが彼らの国を盗んだ日を記す

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東エルサレム、イッサウィア地区の抗議で、イスラエル軍が少年を暴力的に拘束するので、パレスチナ女性が叫ぶ、2012年5月15日。(Photo: Reuters - Ammar Awad)

2012年05月15日火曜日

パレスチナ人は火曜日、主としてヨーロッパ植民者らが国を地図から消し去り、土地や村々から粛清し、粗暴にイスラエル国家を据え付けて以来の64年を記している。

「大災厄」を意味する - ナクバの日は、彼ら自身の国家を宣言するため、その土地から武力により駆り立てられた、あるいは、英国の支援を受けたユダヤ人植民者らが、領域に暴力的に進んでくるのから逃れた、先住パレスチナ人、750,000から800,000人を記念する。

後に、パレスチナ人160,000人ほどが留まり、今その数はおよそ130万人、あるいは人口の20パーセントほどである。これには、被占領西岸、あるいは封鎖のガザ回廊のパレスチナ人口は含まれない。

(略)

全文:alakhbar

関連記事:「医療関係者:ラマッラ近くのナクバ抗議で80人負傷」Ma'an News Agency

2012年05月15日火曜日

ラマッラ (Ma'an) -- 火曜日、抗議者たちが、1948年の追放、ナクバ、あるいは大災厄を記念し、ラマッラ近くでのイスラエル軍との衝突で、パレスチナ人80人以上が負傷したと、医療関係者は語った。

ラマッラの時計広場の大規模集会後、イスラエル国設立で、何十万人ものパレスチナ人の追放を記念するため、抗議者たちは、イスラエルのオフェル拘置所と、ラマッラとエルサレムの間、カランディア検問所に向かった。

医療関係者は、イスラエル軍が、抗議者たちに催涙ガスとゴム(皮膜)弾を発砲して、パレスチナ人、63人がオフェル刑務所の外で負傷し、21人がカランディアで傷ついたと語った。

(略:嘘しか言わないのになぜイスラエル軍報道官の言い訳まで翻訳する必要があるのか、といった気分 - mizya)


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アブドッラ・アルバルグーティ:独房監禁囚人番号2

2012年05月08日火曜日

「子どもと会うことは食物より美味、他の人間とあることは飲むより刺激的」

アブドッラ・アルバルグーティは、人間、そして父親としての資格を与えられる権利のささやかな断片を手にするため、ハンガーストライキしている。彼は、10年以上前に逮捕されて以来、家族との面会を禁じられ、その同じ期間、独房幽閉に留められてきた。

彼の要求が含むのは:

独房幽閉からの解放
家族訪問の許可
子どもたちの面会の許可

アブドッラ・ガーレブ・アブドッラ・アルバルグーティは、1972年にクウェートで生まれた。1998年に、彼の村ベイトリマに戻り、同年、彼は結婚して家族をつくった。バルグーティの旅は、アルアクサー・インティファーダの発端に始まった。2001年8月、彼は、パレスチナ自治政府により逮捕され、1ヵ月に満たないで解放された。妻によれば、「その時以来、イスラエル占領のお尋ね者になり、アブドッラは家に戻ることはなく、非常に長い間、わたしたちは、彼について何も知らなかった」。

彼が追跡されていた期間、アルバルグーティによれば、軍隊により遂行された残忍な標的とされた暗殺や虐殺への報復で、彼は、イスラエル占領に対する多くの作戦をなし得た。15ヵ月以上経って、2003年3月、イスラエル情報機関は、彼の身元に確信がなかったにも拘らず、彼を追い詰めた。ある朝、彼が最年長の子どもの救急治療に立ち会っていたラマッラの病院を離れたとき、彼は特別部隊に驚き、捕らえられた。彼の3歳半の娘が、歩道上にひとり、苦い嘆きの衝撃に残されたとき、彼は、手錠され、縛られ、軍用車輌に投げ込まれた。

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アルバルグーティは、5ヵ月以上、絶えず尋問され拷問された。

拘留の合法的最大期間が、90日を越えないにも拘らず、アルバルグーティは、5ヵ月以上、絶えず尋問され拷問された - 彼は3月に逮捕され、11月まで解放されなかった。11月31日に、イスラエル軍事法廷は、彼に対する最終判決が言い渡された緊急開廷を召集;彼は、パレスチナ囚人の中で最長の刑、67回の終身刑を宣告された。

原文:Middle East Monitor
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アラブ系イスラエル人ドライバーがKirya酒保へのアクセスを拒絶される

日本防衛大臣車列が、軍複合施設に駐車した後、警備員らは、アラブ人ドライバーたちに車輌に残るよう命じ;ユダヤ人ドライバーたちは、好むところをするのを許された

Itamar Eichner
2012年05月13日

イスラエル駐在日本大使、ヒデオ・サトウが、外務省と防衛省に、テルアヴィヴ、Kirya基地の警備官らが、軍酒保で食物を購入する際、日本大使館に勤務するアラブ系イスラエル人ドライバーふたりに車輌を離れることを禁止したので、公式の苦情申し立てを提出したと、日曜日、日刊紙、Yedioth Ahronothは報じた。

どちらもヤーファ住人のドライバーたちは、日本防衛大臣とその代表団メンバーを乗せていた。車列の他の車のユダヤ人ドライバーたちは、車輌を離れることを許されたと、報道は述べた。

事件は、4月30日、日本防衛大臣が、彼のイスラエル・カウンターパート(同等者)、エフード・バラクとの会談で、Kirya基地に到着したとき起こった。大臣は、日本上級士官8人を同伴した。

車列が、Kirya複合施設に駐車し、閣僚たちが徒歩で会談に向かったとき、ドライバーたちは酒保に行くため車輌を出た。しかしながら、サトウ大使によれば、国防省警備官らが直ちにアラブ系イスラエル人ドライバーに接近し、彼らに車輌に留まるよう要求した。ドライバーたちは、イスラエルの身分証明書を提示したが、警備官らはなお、彼らに車輌を離れる許可を拒絶した。ユダヤ人ドライバーと多くのフィリピン人ドライバーは、酒保に行くのを許可された。

サトウ大使のドライバー、ユダヤ系イスラエル人が、警備官らに、アラブ人ドライバーが車輌を離れるのを許すよう説得を試みたが、無駄だった。日本大使館によれば、警備官らは、会談が続く間、アラブ人ドライバーたちを監視し続けた。

大使は、彼が「遺憾」で差別的行為と言及したことにより、衝撃を受けた。

国防省は、「安全規定が、代表団メンバーとそのドライバーたちに、その出身に関わらず、Kirya複合施設を彼ら自身で歩き回ることを禁止する。問題の事件は、これら規定が遵守されたか確かめるため調査されるだろう」と語った。

原文:Ynet news.com


 これは、パレスチナ/イスラエル問題でニッポンが「まとも」に登場する殆ど初めての記事かもしれない。イスラエル国防省が語ったことが真実と仮定するなら(警備官らがその規定を知らないなどということがあり得るだろうか)、ユダヤ系イスラエル人ドライバーたち、フィリピン人ドライバー集団に「彼ら自身で」酒保に行くのを「許可」したことの方が「規定違反」となる。いずれにしろ、戦争犯罪で国際法廷で裁かれるだろうイスラエル軍との「おつきあい」はほどほどに。
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IOF兵士らが「拘留された」息子を逮捕するため老女宅急襲

2012年05月14日

アルハリール、(PIC) -- イスラエル占領軍 (IOF) は、アルハリール(ヘブロン)県、シュユフ村の70代の婦人の家を、彼女の既に拘留された息子を逮捕するため襲撃した。

ハリール・ハライカの母親は、兵士何十人もが、日曜日、彼女の家に押し入り、10日前に逮捕された彼女の息子を求めたと語った。

母親は、行為に対する驚きを表明し、兵士らに、彼がHadarim刑務所に拘置され、月曜日にSalem裁判所に出廷することになっていると語り、彼の弁護士、ムフィド・ジャウダトが法廷審問のことを彼女に伝えたと付け加えた。

(略)

全文:The Palestinian Information Center
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