2009年05月25日

エルサレム:誤用される考古学

2009年5月24日、Aardvarchaeology
Martin R (スウェーデン考古学者)
 表題がわたしを捉えた: 「エルサレムの戦いにおける考古学」。 考古学が政治目的に使用されるとき、いつもながらこの場合、書かれた歴史に実に役立つ。
 東エルサレムのシルワン地区、ブスタン近辺で、エルサレム自治体が、88の建物を取りこわすよう命じた。殆どは、許可なしに建てられたパレスチナ人家屋で、殆どが興味深い考古学の上にあると予測できる。 しかし、わたしたちにとって素敵な作者不明の有史以前のものというばかりではない: 自治体は、ある歴史的に記録された期間を見せびらかそうと、そこに国立考古学公園を作りたがっている。 彼らは金石併用時代に興味があるわけでなく、カナン人入植についてもっと学びたいのでもないし、またサラディンのファンでもなく、12世紀に興味があるわけでもない。ナショナリスト入植者協会、エラドが公園建設を意図していると認識するとき、彼らが目指す水準:ダヴィデ王国と紀元前千年間、と、わたしたちは知っている。
 全文:Aardvarchaeology


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