2010年10月31日

イスラエルがエルサレム・西岸聖地に関する「馬鹿げた」ユネスコ決定を非難

2010年10月29日

ユネスコ委員会は先週、ユダヤ・ムスリム両方に神聖と考えられている遺跡に関する、アラブ加盟国により起こされた5つの提案を採択した。
The Associated Press and DPA

 歴史的遺跡保存を預かる国連団体による、西岸神殿を、ユダヤとパレスチナ人たるムスリム(ムスリムだけでない、クリスチャンのパレスチナ人もいる - mizya)両方に神聖と定義した決定は「馬鹿げている」と、ベンヤミン・ネタニアフ首相は、金曜日、語った。

 ヘブロン市の遺跡のひとつは、何十年も発火地点のひとつであった。ユダヤ人は、聖書が、家長、アブラハム、イサク、ヤコブが彼ら3人の妻たちと共に埋葬されたと書くそれを「マクペラの洞窟」と呼ぶ。

 ムスリムは、アブラハムが、ユダヤ教とイスラーム教両方の父と考えられている事実を反映し、それを「アル-イブラヒミ・モスク」と呼ぶ。

 ネタニアフは、先週なされたユネスコの決定を非難する声明を発表した。「遺産からイスラエルの人びとを切り離す試みは、馬鹿げている」と、声明で述べた。「仮に、ユダヤ民族の父親たち母親たちが埋葬されている場所ならば、4,000年程前のアブラハム、イサク、ヤコブ、サラ、レア、レイチェルが、ユダヤ遺産の一部でないなら何なんだ?」

(略)

全文:Haaretz.com

 ネタニアフはどうやら、ユダヤ人独占を主張しているらしい。無神論のわたしはもちろん、パレスチナにアブラハムが埋葬されているとは考えていない。「聖書」に信憑性はないけれど『聖書アラビア起源説』には多いに信憑性がある。バビロン幽閉から解放されたユダヤ人が荒れ果てたアラビア半島の祖国を後にし、流れ着いたパレスチナで祖先の墓をつくった、ということならありそうなことだ。イスラエル建国以来、60年間、掘り返しても掘り返しても何ひとつ「聖書」を歴史と証明する遺跡はみつかっていないのに、どうして「ここではなかったのではないだろうか」とイスラエルシオニストは思いつかないのだろう。『聖書アラビア起源説』を取り上げるイスラエル人にはお目にかかったことがない。面白いのに...

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posted by mizya at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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