2011年01月02日

ビリン抗議者が催涙ガスを吸い込み死亡

2011年01月01日

ラマッラ (Ma’an) – パレスチナ女性が、金曜日、ビリンでの反壁集会で強烈な催涙ガスを吸い込み、土曜日午前死亡したと、医療筋は語った。

 ラマッラのパレスチナ医療筋は、ビリンのジャワヒル・アブ・ラフマ、36歳が、ラマッラ医療複合施設で死亡したと、語った。アブ・ラフマは、分離壁に抗議する非暴力集会を強制的に分散しようとしたイスラエル軍により発砲された多量の催涙ガスを吸い込んだ。

 地元民衆委員会は、医師がアブ・ラフマ救命のため一晩中闘ったと語った。彼女は、催涙ガスの効力ある原料により引き起こされた中毒を被ったと診断され、治療に応えることはなかったと、委員会は声明で述べた。

(略)

全文:Ma'an News Agency

関連記事:「ビリン報告とジャワヒル・アブ・ラフマとの出会い」Mondoweiss

AHMED MOOR
2011年01月01日

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ジャワヒル・アブ・ラフマは、やはりビリンでの平和的抗議行動で殺戮された弟、バシム・アブ・ラフマの隣に横たわる。(PHOTO: JOSEPH DANA VIA TWITTER)

 ビリンは昨日寒かった。 雨が降り、風と湿りがすべてを捕らえた。

 わたしたちおよそ1,000人 - パレスチナ人、イスラエル人、インタナショナルズ - は、村のアパルトヘイト障壁に抗議するため出て行った。イスラエル軍隊は、わたしたちが来ると知っていたので、慌ただしい検問所が、町の本道に急造された。(略)

 ユダヤ人民解放軍が、人びとをガス攻撃し始めるまで長くはかからなかった。失礼:イスラエル国防軍が、暴動分散手法を採用するまで長くはかからなかった。

 イスラエルは、2種類のガス・キャニスターを使用した。ひとつは、わたしが撮った短いヴィデオ(原文で)で見ることができる、こぶし大球根状のゴム発射体だ。それは着地前、むやみやたらに回転し方向転換を引き起こしながら、空気中にガスをまき散らし始める。その弾道はとても予測し難い。

 ふたつめの種類のキャニスターは、- 2009年にバシム・アブ・ラフマを殺した種類 - より致命的種類だ。それはまた、ユニフォームの若い至上主義者らにより気前よく使用される。昨日、25セント硬貨を積み上げたのより50パーセントほど大きい鋼鉄キャニスターが、直接抗議者たちに発砲された。それらの弾道は多少まっすぐだが、はるかに速くあなたに届く。
(略)

アーカイヴ:ビリン村のデモで(2009年04月18日)


posted by mizya at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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