2011年01月17日

エジプトはチュニジアではない、しかし...

Emad Mekay

カイロ、2011年1月15日 (IPS) - 「どこで、チュニジア旗を見つけられる?」質問は、民衆抗議行動が、長年のチュニジア独裁者、Zine el Abidine Ben Aliを追い出したという知らせの何分か後、エジプトのブログ、tweeter、Facebookのページに溢れた。

 エジプトは既に、チュニジアから波及効果を感じている。エジプトの8500万人は、アラブ人口の3分の1を構成する。チュニジア人が、彼の権力の座23年の後、金曜日夜に、彼らの独裁的統治者を追い出すまで、地域的傾向設定人、エジプトは、アラブ世界の民衆暴動による政権交代の第1候補とみられた。

 ジョンR.ブラッドリーは、2008年6月、エジプトの革命を予測する本を書いた。 彼は、国が国内の「冷酷な軍事独裁」とワシントンの損なわれた中東政策の双子の圧力の下、ゆっくり崩壊していると語った。

(略:しかしエジプトのファラオ(ホスニ・ムバラク - 訳注)は軍を掌握している、チュニジアとは違うなどなど)

「反乱の理論的根拠は同じだ。人びとは同じだ。世間一般の空気は同じだ」と、イスラーム傾向のArab News編集長、アブデルモネム・アメルは語る。「チュニジアの暴君は逃走した。エジプトのファラオの番だ。今日はチュニジア、明日はエジプト」。

全文:IPS

 立ち上がれ、エジプト。米国の言いなりの独裁者を抱えていていは、中東に未来はない。


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