2011年02月15日

報告:軍がナブルス検問所は残ると語る

2011年02月13日

テルアヴィヴ (Ma'an) -- イスラエル軍当局は、日曜日、テルアヴィヴ拠点のニュースサイト、Ynetに、西岸最大の内部検問所2カ所、フワラとベイトフリクを解体する計画はないと語った。

 コメントは、ナブルス知事、ジェブリン・アル-バクリが、木曜日、検問所2ヵ所が解体されると知らせを受けたと語った後に現れた。

 Ynetによると、「イスラエル国防軍は、遮断を取り壊すどのような計画も否認が迅速であり」、検問所の唯一の差し迫る変化は、部隊の配置転換であると軍当局は語った、と引用された。

(略)

全文:Ma'an News Agency

アーカイヴ:ナブルスの主要検問所撤去(02月12日)

 検問所解体はどうなるかまだ判らないらしい。関連記事はイスラエルの抑圧を正確に暴露する。Ynetは少しでもイスラエルのイメージを回復したいと考えたに違いない。

関連記事:「イスラエル軍が北部道路を再閉鎖」Ma'an News Agency
2011年02月13日

ナブルス (Ma’an) -- イスラエル民事行政が、西岸北部で新開発のナブルス-べイトイバ道路に繋がるアクセス道路の再-閉鎖を告知したと、日曜日、地元当局は語った。

 北部の村、ザワルタ郊外の教師住宅団地は、パレスチナ教職員組合のメンバーが購入可能なアパートと住宅200戸で構成する。団地から大通りに繋がる道路が、 中東カルテット・メンバーによる運動努力で、12月に開通した。

 イスラエルの道路遮断により妨げられた土盛りは取り除かれ、道路は元に戻された。開発者、住民、地元当局は開通を祝った。

 複合施設の住民を代表して、ジャマル・スバイタンは、計画が、1996年、パレスチナ自治政府設立と共に始まり、西岸北部に住む教師たちの場として設計されたと語った。山頂ふたつを覆う150ドナムのプロジェクトは、2010年に完成したばかりだ。

「わたしたちは、金も援助も求めず、プロジェクトは、15年以上かけて、教師たちにより開始され終了した」と、スバイタンは語り、当局が道路を再開させるよう求めた。

 イスラエル民事行政の報道官は、電話でのコメントの求めに及ばなかった。

 2009年、中東カルテット - 米国、EU、国連、ロシアの官僚たちで構成される - の代表たちは、団地計画に代わって運動し、ナブルス知事と共にイスラエル当局と交渉した。 2010年中頃、取引が確定し道路は開通した。

 何百もの小さなアクセス道路のひとつ、ザワルタ村の道路は塞がれ、団地住民に、イスラエル軍検問所により支配される往来のひとつを経由する主要道にアクセスする道を離れ、未舗装道路を何十キロメートルも旅させる。

(略)


posted by mizya at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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