2011年03月25日

イスラエルの反-民主的人種差別は終わるべき

2011年03年23日

煽動、人種差別、反-民主主義を奨励する政権が、即刻倒されないなら、わたしたちは、将来が既にここにあると見出すだろう。
Sefi Rachlevsky

世界に「汝、原子炉を建設するなかれ」の戒律に留意すべき国がひとつあるとするなら、それは日本で、20-20(正常視力? - 原文参照)のあと知恵でない。第二次世界大戦の、ヒロシマ・ナガサキのトラウマ、日本が構造地質学のプレートの継ぎ目に位置する事実に沿って、その方針を遠ざけるべきだった。しかし日本は結局、原子炉建設のリーダーとなった。

世界に「汝、反-民主的人種差別の淵に陥るなかれ」の戒律に留意すべき国がひとつあるとするなら、それはイスラエルだ。民主主義に加えられた人種差別と憎しみの第二次世界大戦の恐怖のトラウマ、イスラエルがイスラーム世界の継ぎ目に位置する事実に沿って、その方針を遠ざけるべきだった。しかし政権は結局、イスラエルを立ち上がる反-民主的権力に変える脅威を与える。

(略)

これは異常なケースでない。虐待された子どもはしばしば虐待する親になる。それは、危険にも拘らず、原子力使用の動きに押しやられた原子によるまさしく日本の挫折だった。ユダヤ人が反-民主的で人種差別の世界の究極の犠牲者であった事実は、彼らの多くを、まさしくその世界に取り込むよう導いた。

しかしながらイスラエル人は、国の異常を弁護すべきでなく、むしろ彼らのアイデンティティと人生を弁護すべきだ。煽動、人種差別、反-民主主義を奨励する政権が、即刻倒されないなら、わたしたちは、将来が既にここにあると見出すだろう。いかなる法も、災害を名前で呼ぶ悲嘆を止めないだろう。完了しつつあるナクバ - 大災厄 - は、政権を打倒することにより、終結されねばならない。

全文:Haaretz.com

 こころが東京電力の原発事故から離れないものだから、イスラエルは西岸でもガザでも攻撃の手を緩めることなく、ことさらエルサレムでの土地盗み、ユダヤ人入植者らの暴力はエスカレートし、パレスチナ人に対する刺殺や刺しても死なないケースも含めると日常になっているのに、結局、ニッポンの原発も論じるこのような記事を選んでしまう。
 東京に戻った途端、水道水のヨウ素汚染のニュースに迎えられたのだけれど、東京電力エリア人も、東北電力エリアの半農半漁の貧しい村落を「札ビラ」切って(原発基地となる村落では、建設のときの一時的「保証金」が、長期間の経済収支に見合わないと結論が出ている)原発基地にしたところで、被害を免れないと思い知ったことだろう。そして原発が少しも「クリーンエネルギー」などではないと。この過ちのツケは、増税の形でわたしたち市民に回される。だからわたしたちは原発に反対しなければならない。下請けか孫請け業者に危険な仕事を担わせる東京電力の精神構造も「クリーン」からはほど遠い。儲けているのは誰だ。


posted by mizya at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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