2011年05月30日

NGOがエルサレム旧市街の「商業災害」発表

2011年05月28日

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被占領エルサレム、(PIC)-- イスラエルが、過去数年で250店舗を閉鎖するため重税と他の圧力を使用した後、エルサレム社会・経済権利センター (JCSER) は、旧市街の商業・観光部門の「大惨事」と言明した。

JCSER所長、ズィヤド・アル-ハムーリは、旧市街のユダヤ化運動が盛んとなり、状況は悪化すると予測した。

「起こっていることは、(旧市街)市壁内と旧市街を取り囲む地域全体、地理的に旧市街に繋がる地区、特に、シルワン、ラス・アル-アムド、シェイフ・ジャッラを、ユダヤ人入植地の存在を助長するよう設計される。またその領域に、アル-ハリール門の近くに建てられたのと同様のショッピングセンターとホテルを建設する計画もある」と、ハムーリは語った。

自治体装置、収税吏、裁判所の命令執行に責任を負う部隊が、財産を没収し、その所有者たちを逮捕した時、エルサレムに繋がる道路中に広げられた検問所が、パレスチナ人や商人たちにとり罠になったと、彼は付け加えた。

(略)

全文:The Palestinian Information Center

 クレタ島のクノッソス宮殿について書かれた『迷宮に死者は住む』は、1970年代、わたしがギリシアを旅する時に読んだ本だ。どこにいったのか見当たらない。「コンクリート・クレタ」の文字を見たのはその本でだったろうか。クノッソスはコンクリートだらけだった。アーサー・エヴァンズの想像の宮殿に仕立てるために。
 コンクリート・エルサレム、それがエルサレム旧市街、ユダヤ・コーターに見るわたしのイメージだ。シオニスト・ユダヤ人の想像のエルサレムだが、コンクリート・エルサレムはもちろん、もはや世界遺産ではあり得ない。そもそもゴルゴダの丘はキリストが処刑された当時、市街を囲む城壁の外だった。人口増加に伴い市街は拡張され、聖墳墓教会、ゴルゴダの丘も現在では旧市街の中だ。わたしたちの世界遺産を、彼らに破壊する権利はない。
 ところでヴンダーリヒの『迷宮に死者は住む』は、「王妃の間」が光の届かない地下にあることに注目する。「囚われ人としてここにいたのだろうか」と。ヴンダーリヒの結論は、宮殿ではなく死者を祀る葬祭殿というものだが、発見当時、エヴァンズは当時の英王室と重ねて想像を逞しくしたのだろうと論じる。


posted by mizya at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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