2011年08月15日

ソーシャルメディアが最後のクーフィーエ工場に救命策の申し出

2011年08月08日
ハワード・ジョンソン
BBCニュース、ヘブロン

注目(ヴィデオ:原文で):ソーシャルメディアが、伝統的クーフィーエスカーフを製造する最後のパレスチナ工場にセカンドチャンを与えた

ヒルバウィ織物は、パレスチナ都市、ヘブロン郊外のこれといった特徴のない道路に位置する。

門外漢にとって、それは他のどんな古い工場とも変わらなく見える。じめじめしてひんやりした中で、裸電球が、クモの巣に覆われた歯車のある、もはや使用されない機械が並ぶ内部を照らす。

しかし3年前、伝統的アラブの被りもの、元指導者、ヤセル・アラファートのお気に入り、クーフィーエを製造する、パレスチナ領域で最後のものと明らかになったとき、工場は世界メディアの焦点となった。

チャイナ・シンドローム

パレスチナクーフィーエ産業は、1993年のオスロ合意の下、市場解放措置に続いて不振を被った。

パレスチナ領域の卸売業者は、ますます、中国、ヨルダン、シリアから、スカーフの安価版を買った。ヒルバウィ織物のスカーフが6ドルほどする一方、中国のクーフィーエはわずか3ドルだ。

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クーフィーエ製造に使用される織機の多くがまだしまわれている

機織り工、アブデル・アジズ・エッタラキにとって、動きは家内工業の消滅を示した。

(略)

フェイスブックの友人たち

メディアの注意喚起に続き、工場に関する問い合せが溢れた。

大衆の興味を利用して、ヒルバウィ一家は外国から注文できるようウェブページを準備した。

同じ頃、物語は、当時クウェートに拠点を置くインターネット活動家集団「パレスチナのための若い専門家たち」の眼を捕らえた。

集団設立者、ヌーラ・カセムは、外国輸入品がパレスチナスカーフの意義を破壊すると彼らが懸念したと語る。

「グローバリゼーションが、実際、製品自体のアイデンティティについて何も気にしない他の国々での、より安い製品の製造を許し、そして、わたしたちが心配したことのひとつは、もはやそれがパレスチナで製造されないのを確実にすることにより、大量生産が製品の信憑性を取り去る事実だった」と、カセムは語る。

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フェイスブックといったソーシャルメディアサイトがクーフィーエの新たな市場を開いた

(略)

技術擁護者

1,000人以上のメンバーで、フェイスブックページは非常に人気があると判明している。

「わたしたちは、オーストラリアからインド、南アフリカまで世界中の人びとを得た」と、カセムは語る。

(略)

「人びとの多くが、それをファッション・アクセサリーとして支持するが、彼らは、その歴史、最後の工場、パレスチナから来たといったことを見いだすことに関心がある」。

その日その日の工場運営を世話をするふたりの息子のひとり、ジューダ・ヒルバウィは、フェイスブックページを歓迎する。

彼は、サイトが、ほとんどが米国やヨーロッパからの、1カ月あたり最大1,500枚の注文で、販売に直接的インパクトを持つと語る。しかし、成功にも拘らず彼は、パレスチナ自治政府が、家内工業を助けるためもっとすべきと語る。

(略)

全文:BBC

アーカイヴ:パレスチナの最後のクーフィーエ工場(2010年06月25日)


posted by mizya at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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