2011年08月19日

リビアのズリタンで本当に何が起こったか?

2011年08月11日

リビア政府は、民間人85人を殺したこというNATOの攻撃の余波を見るため、特派員をズリタンに連れて行った。NATOは、軍配置基地を攻撃したと語る。BBCのMatthew Priceは、主張の競い合いを検討するため、共に行った。

瓦礫の中に、アーネスト・ヘミングウェイの「老人と海」の写真複写版があった。その隣に教科書、ページが風ではためいていた。

(略)

破壊され切り刻まれた建物の角のすぐ近くで、リビア首相、バグダディ・アル-マフムードは話していた。

「あなたがたは皆、この場所で、いくつかの家族のリビア市民、85人が虐殺されたのを見た」と、かつてはおそらく居間だったろう残骸の外に立って、彼は語った。

「彼らの33人は、ごく幼い子どもたちだった」と彼は続けた。「これが『'西洋民主主義』だ」。

サルワの話
リビア政府にとって、ズリタン南部、マジャル村で起こったことは、NATOが、その任務とは裏腹に、民間人を保護していない証拠だ。当局は、同盟がいかなる犠牲を払っても政権交代に携わると、考えている。

ズリタン南部郊外の建物群に命中した最初の攻撃からおよそ48時間後、NATOは、起こったことについての査定を完了したと語った。

(略)

「建物群の破壊のレベルに基づく我々の査定は、軍と傭兵の死者の可能性を確認する。カダフイ政権によってなされた民間人死傷者の主張は、サイトの利用可能な事実情報により確証されなかった」。

しかしながら、15歳のサルワ・ジャウーにそれを告げるといい。彼女の名前は、現場の教科書いくつかにあった - わたしは彼女をズリタン病院で見つけた。

彼女の顔に傷があった - 彼女は、肩を骨折した。

彼女は、最初のミサイルに襲われたとき、家の外に座っていたと語った。それは、彼女を傷つけた2度目だった。

「軍事キャンプはない。わたしたちはそこに住んでいるだけ。彼らはなぜわたしたちを攻撃したの?」彼女は尋ねた。

「母が死んだ、そして姉妹ふたりも」彼女はため息と共に付け加えた。彼女が話したとき、涙が彼女のほおを伝った。彼女の悲痛に偽りはなかった。

(いくつかの物語が続くけれど、略)

全文:BBC

 アムネスティ・インタナショナル・USAが、シリアに対し行動するよう国連に求める署名要請を何度も送ってくる。署名していないからだ。パレスチナ難民キャンプも攻撃されており、アサドが失脚するなら歓迎するけれど、NATOによる空爆に繋がるのなら、とても署名はできない。アムネスティ・インタナショナル・USAの場合、イスラエルの暴虐に対しては、殆ど沈黙している。アムネスティ・インタナショナルにも、お国がらはあるらしい。


posted by mizya at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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