2011年12月14日

目撃者がムスタファ・タミミの最後を語る

2011年12月12日月曜日
Ben Lorber for the Alternative Information Center (AIC)

ビリンのアーティストで活動家、イブラヒーム・ボルナットは、タミミが、イスラエル兵士により近距離から催涙ガスキャニスタで頭を撃たれたとき、ムスタファ・タミミの隣りに立っていた(これらの写真で、ボルナットが、直接タミミの隣りに立つのを見ることができる)。ここに、12月9日金曜日、ムスタファが重篤に負傷したときの彼の経験についての証言がある:

mustafa-tamimi-killing.jpg
ムスタファ・タミミが左、イブラヒーム・ボルナットが右 (photo: Haim Scwarczenberg)

「ムスタファとぼくだけだった、他の抗議者たちはかなり遠く後ろで、ぼくたちふたりだけ、ぼくたちはジープを追いかけ、立ち去るよう言ってた。兵士らが、一度に殆ど50発ほど催涙ガスキャニスタを発射したので、抗議全体が押し返され、ぼくたちは残りから分断された。催涙ガスはぼくたちの頭上を行き、ぼくたちは、兵士らに近づいて、もう充分発射したと、彼らに叫んでいた。

彼らはぼくたちの後ろにガスを発砲しがら、ジープは立ち去るため向きを変えた。ジープの1台は、しかしながら、居残り、ぼくたちが近づくのを待っているように見えた。ぼくたちがジープに達すると、兵士がドアを開け、催涙ガス2発分を発砲した。ぼくはこの兵士の顔を見たと思うが、ムスタファは確実に見て、彼が誰であれ、ムスタファは最も良く知っている。

ムスタファはぼくを押し下げ、ぼくを狙ったキャニスターのひとつは頭の上を飛んでいった。2番目のがムスタファに命中したが、ぼくは最初、彼が撃たれたとは知らなかった、というのも「これほど近くから彼らが撃つ筈ない」と考えていたから。ぼくは、彼が身をかわしただけと思い、次に、たぶんガスから逃れただけと思った、彼の周りはガスだらけだったから。

顔を下に道路に横たわる彼のところにぼくは行って、彼の向きを変え、顔から布を引き剥がした。

それについてぼくが語り得るのは、ことばが語り得ることより酷い。(略:「警告してくれ」と言われそうで、ことばはしばしば映像より鮮烈だから)彼の全身が震えていた。それは足から始まり、次に腕、次に胸に達し、そして頭、そして次に喘ぎが止まり、その瞬間、彼が死んだとぼくは確信した。彼は喘ぎ、空気一束を吐き出し、その瞬間、彼の魂が去ったと知った。(略)

ぼくは人びとを呼びに走った、ぼくたちは遠くにいたから、しかし近くに救急車はなく、彼の周りに集まった人びとは、彼をセルヴィー(共同タクシー)に押し込み発とうとした。兵士らが、セルヴィーを止め、ムスタファを逮捕しようとしたが、彼が死に瀕していると知り、あたかも人道主義者であるかのように、彼の心臓復活のため動き始めた。しかし、何が「人道主義」か、殺すために撃ち、次に、助けようと試みる? これらは、彼を撃ったジープの同じ兵士らだった。彼らが彼を撃ち、次に、彼を助けたいと言う。彼らが実際に行ったのは、彼が離れるのを妨げることだ。

身体は30分、地面に横たわっていた。彼らは、ムスタファのIDを求め、またさらに、彼の母親、家族のもうひとり、それからバッシム・タミミの妻のIDも求めた、というのも、これらの人びとが、彼と共に行きたいと望んだから... (略)」

全文:the Alternative Information Center (AIC)


posted by mizya at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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