2012年02月03日

イスラエルが1月にヘブロンで「85人拘束」

2012年02月02日

ヘブロン (Ma'an) -- イスラエル軍が、1月に、ヘブロン郡の町、村、難民キャンプから85人を拘束したと、水曜日、パレスチナ囚人研究所は語った。

兵士らが、しばしば犬を伴い、西岸南部地区の家々を襲撃したと、研究所所長、アムジャド・アンナッジャルは声明で述べた。

人びとは、夜、凍てつく気温、土砂降りの中(パレスチナでは冬が雨期:訳注)、家から出るように命じられ、親たちが、子どもたちの前で殴られたと、アンナッジャルは述べた。

イブラヒーム・アブマリア、22歳は、研究所の弁護士に、真夜中過ぎ彼の家を襲撃し、兵士らが彼を床に投げ倒し、ライフル銃台じりで殴ったと告げた。軍はまた、母親が彼を護ろうとしたとき、彼女を攻撃したと、彼は付け加えた。

アブマリアは、彼の手枷(ニッポンでいう結束バンドを手錠として使用する:訳注)を外すとき、兵士がナイフで彼の手を切った(ナイフを入れるゆとりもないほど結束バンドを締め上げるので:訳注)、エツィオン入植地に連れて行かれたと語った。

バッサム・エイシャ、24歳は、兵士が彼に目隠しし、通りに2時間、逆さまに彼の手で吊るしたと語った。

85人の拘留者には、慢性疾患を被る11人と子ども11人が含まれると、研究所は述べた。

2011年、計3,312人のパレスチナ人が、イスラエル当局により逮捕され、そのうちの113人は、10月のハマースとイスラエルの間の交換取り引きで解放された囚人だった。

1967年以来、イスラエルは、女性と子どもを含むパレスチナ人、750,000人以上を拘束してきたと、パレスチナ自治政府の報告は述べる。被占領領域に住むパレスチナ人男性の40パーセントほどが、その人生のどこかの時点で、イスラエルにより拘束されてきた。

原文:Ma'an News Agency


 ハマースとイスラエルの囚人交換取引には、釈放の囚人を「再逮捕」しないこと、ガザ封鎖を解除することが含まれていた。釈放の囚人が「再逮捕」された最初はだから、衝撃で受け止められた。再逮捕者が、いつの間にか、113人にもなっていたのだから、イスラエルはやはり嘘つきだ。アーカイヴ記事「囚人交換、対称とガザのイスラエルによる包囲」は、(おそらく今も)フランスに住むイスラエル人活動家、ミッシェル・ワルシャウスキーの論考だけれど、イスラエルが約束を破ると看破している。一方、解放されたイスラエル兵士、ギラード・シャーリトの声は一向に届かない。「みんなの息子」の中で、「彼は話すことを許可される前、確実に徹底的に指示を与えられるだろう」と、やはりイスラエル人、ウリ・アヴネリは書く。「ハマースにある種肯定的光を投げかけるかもしれないから」と。もはや解放から3ヵ月以上、ハマースは紛れもなく戦時捕虜としてギラード・シャーリトを扱ったのだと、この時間の長さが確信させてくれる。

アーカイヴ:みんなの息子(2011年10月23日)
     :ギラード・シャーリトに起こらなかったこと(2011年10月22日)
     :囚人交換、対称とガザのイスラエルによる包囲(2011年10月19日)


posted by mizya at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | report | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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