2012年04月11日

デイル・ヤシン大虐殺追悼

2012年04月09日

1948年4月9日、シオニスト民兵組織、イルグン(メナヘム・ベギン率いる)とシュテルン・ギャング(イツハク・シャミル率いる)メンバーらは、アラブ村、デイル・ヤシンに入り、男、女、子どもたち100人以上を虐殺した。デイル・ヤシンは、およそ600-750人の人口を持ち、平和な村であるとの名声を持っていた。レイプと(手足)切断の報告もまたあった。

イスラエル人歴史家、イラン・パペによる「パレスチナの民族浄化」からの抜粋:

ユダヤ人部隊、イルグンとシュテルン・ギャングは、63年前の今日、デイル・ヤシン村を襲撃し、彼らは機関銃砲火を家々に浴びせ、多くを殺戮した。彼らは、女の何人かをレイプして殺し、彼らは残った村人を一ヵ所に集め、彼らすべてを冷酷に撃った。

ファヒム・ザイダンは、その時12歳だった;

「彼らは、ひとり、またひとりと、わたしたちを連れ出し;老いた男を撃ち、彼の娘たちのひとりが悲鳴をあげると、彼女もまた撃たれた。その後、彼らはわたしの兄弟、ムハマドを呼び、わたしたちの前で彼を撃ち、そして母が、わたしの小さな妹、フドゥラを腕に抱いて彼に屈み叫んだとき、まだ乳飲み子の彼女 - 彼らは彼女もまた撃った」。

軍が、壁に子どもたちを並べて、「ただその楽しみのため」彼らに弾丸を浴びせかけたとき、ザイダンもまた撃たれた(彼は生き延びた)。

調査は、人びと、93-170人の間が虐殺されたと示唆し、このリストは、戦いで死んだ人びとを含まない。

原文と記録写真1点:Palestine Solidarity Project


posted by mizya at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | article | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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