2012年06月24日
オリーヴ畑中に広がった血まみれのマムーンの衣服の切れ端 (Photo: Hama Waqum)
赤い染みの黒と青の布の断片が、ガザ市郊外のオリーヴ畑中にばらまかれてある。
13歳のマムーン・アッダムのT-シャツの残りが、オリーヴの茂みや彼が殺された場所から5メートルに振り飛ばされた彼のサンダルに引っかかっている。
誰も、水曜日午後、2時30分に起こったことについて話しておらず、イスラエル国防軍 (IDF) も、いつものごとく、彼らの行為について問われていない。
手のつけられていないピクニックと血まみれのクッション。(Photo: Hama Waqum)
マムーンは、ゼイトゥーンとタルエルハワ界隈の間の地区の庭で両親とピクニックをしているとき、IDFにより投下された爆弾によって殺された。
マムーンの隣人のひとり - 特定されることを望まなかった20代の男 - は、「ぼくは、悲鳴を聞きつけ、オリーヴ畑にやって来た。黒煙を見ることができた。ぼくは、到着して固まった - ぼくは、5分間、何もできなかった。ぼくは、若い母親が息子の遺体の上で叫んでいるのを見た」と事故を思い浮かべた。
爆発の衝撃で後ろに吹き飛ばされたフェンスに記されたあばた。 (Photo: Hama Waqum)
爆弾が落ちた穴は浅く、それが着弾したとき、マムーンは、1メートル半ほどにいた。彼の右腕はぱりぱりに焼かれ、身体は小さな穴で穴だらけだった。彼の衣服は焼け、オリーヴ畑中、近隣の土地にも広がり、茂みに断片となってあった。爆弾の効力は、近くの金属フェンスを2メートル吹き飛ばした。金属は、小さな豆粒大の穴で穴だらけにされる。マムーンの隣人は、爆弾が、小さな傷のうねりで彼の胴体を点々で覆う、クラスター(群れ)に爆発する金属小球を含むと考える。
小球サイズの穴が、マムーンの身体と周辺地域の両方を傷つけた。 (Photo: Hama Waqum)
マムーンの学校のテストとノートが、オリーヴ畑のプラスチック・フェンスを溶かした爆発から免れたピクニックの現場の周りに散在していた。隣人が、「マムーンは、いつも書くのが好きで、どこにでも紙を持っていく」と思い浮かべた。
オリーヴの木立は、24時間、殆ど触れられなかった。家族のピクニックは、プラスチック・テーブルの上で手をつけられないままだ。ドライ・ピクルスの脇に、マットレスとクッションがあり - どちらも今、マムーンの母親が、息子を日陰に移し、盲目の、攻撃で頭部を負傷した彼の父親の前に彼を横たえたので、血に染まった。爆弾破片が茂みに引っかかり、マムーンの(携帯)電話はみっつに裂けて、野バラに絡みあう。
隣人は、マムーンの母親が「彼の身体を夫の前に横たえ、見ることのできない夫に『マッシャッラ(アラビア語「神と共にあらんことを」といった意味だと思う)と言って;あなたの受難者、息子のために』と言った」と説明した。
マムーンの死は、月曜日に開始されたエスカレーション以来の16件のひとつだ。13歳の死は、大きく報道されることなく過ぎ去り、IDFは、説明を求めるTwitterに、歪んで応答することを除き、彼の死に関して公式声明をしていない。
Twitterから:
@Sarahcarr 2012年6月22日
わたしの最後のRTに導いた@WelshInGazaをフォローし、ガザでピクニックしていたティーンエイジャーを何故殺したのか@IDFSpokespersonに尋ねて。
IDF
@IDFSpokesperson
.@WelshInGaza@Sarahcarr、なぜハマースは、ピクニックのティーンエイジャーを人間の盾として使用するのか? #Gaza ow.ly/bKIvO
2012年6月22日
隣人たちは、その地区からミサイルが発射されたことはなかったし、仮にあったとすれば、紛れもなく家族は、ことさらエスカレーションの中で、ピクニックを離れたと語った。
IDFにより提示されたロケット発射の証拠はなく、誰も、何故13歳が殺されたのか問いたださない。
彼らが何故マムーン・アッダムを殺したのか説明するようIDFに圧力をかけてください。
彼らとのコンタクトはここ
TweetはIDFSpokesperson
原文:Mondoweiss
アーカイヴ:子ども4人を含むパレスチナ人16人が1週間で殺された(06月28日)
この記事が100MBの限界を超え、写真を押し込むために、古い記事の、使った記憶も定かでない画像をいくつか取り除いた。しかし、取り除きすぎないように注意したから、現在99MBのまま、間もなくこのboycottilを終了すると宣言してから、もはや1ヵ月になる。マスメディアとの落差を記録してきたつもりだから、記録として今後も利用いただけるなら嬉しい。